スキップしてメイン コンテンツに移動

半年のざっくり振り返り

 早くも7月。アメリカでは7月1日からが新しい年度(日本でいう4月1日)。

 

日記をあえてつけなくなってだいぶ経つが理由は大体以下の通り

 忙しさが増して日記に時間を割くのが惜しい

 有益なことよりは自分の中でもやもやしたことを書くので、一般公開では危険すぎる(英語翻訳機能を使えば普通にばれる)


 冬の間はとにかく忙しく感じていた。

新型コロナの入院患者数が劇的に減ったものの、コロナ以外の通常の患者が増え、忙しい週が多かった。

基本病棟で働いている週は、12時間ずっと仕事。合間を見つけて何か他のことを進めるということができず、しわよせは全部病棟業務がない週に来ていた。

 忙しいにも関わらず自分の科のリーダー達のサポート的なものはなかった。忙しいのが普通であってほしいような態度だった。

それで去年の新型コロナ対応から続いているQOL低下は、以前の状態まで改善することはなく、不信感と不満だけが残る結果となった。

ある週、激務の中、たった一人で大量の重症者を我ながらちゃんとケアできていた

普段は悪化するとICUに送るのだが、ICUを希望されない方が複数続いてたった5日ほどで3人ほど亡くなった

一人で14人の複雑な患者を相手にしているので、裏を返すと、毎日夜8時半とかにノート記載が終わるような状態だったが(アメリカでこれは異常)

科のリーダーの一人に、「こういう週もたまにあるんだよな、たまたま運がなかっただけだから、頑張れよ」と声をかけられた

うちの科のリーダーは忙しい病棟を全然やらない人たちなので

忙しい週がずっと続いている時にたまたまとかいわれて

心外でしかなかった

新型コロナで看護師もかなりやめ、病棟で知らない人が増えた。

ベテランが抜けた穴はでかく看護師との連携の質も下がった。

新型コロナの後遺症のごとく、いろいろなことが以前のようには戻らないことを痛感した半年だった。

そして、4月と6月にまた匿名の告発状が科よりも上の部署に送り付けられたらしい。

去年の秋過ぎに同じ問題があったとき、大学内の部署の人が、10数人にインタビューを行い、とくに何の問題もみつからなかったと(阿呆な)結論づけをしていたので

今回上層部は「匿名じゃ詳細が分からず何も対処してあげられないから直接連絡してくれ」という態度を明確にしている

ただ普通に考えて、こういった告発状を書いている人はおそらくやめる覚悟をすでにした人か、もうすでにやめてしまった人だと思うので

まだビザなどの理由でこの科にしばられている人たちは

自ら相談しにいくような馬鹿な真似はしないだろう

これは科長を切れば収まる問題ではなく、もっと根深いここの白人と生え抜き特権文化の問題なのだ

前科長は偉大な人だったが、科長を降りる前もすでに科のマネジメントは下の人達(今のリーダー達)に任せていたので、科長が代わったくらいではそうそう変わらない。

 そしてその偉大なる前科長も、9月で退職し、また次の大学へいってホスピタリスト科をデカくするそうだ。

科をデカくするのは彼の最も得意なことである。表向きは。

内情は、下の人たちの手腕にもろに影響されるようだ。

うちの科の場合、臨床のサービス(チーム)をどんどん増やしていったが

一に臨床二に臨床そして三にも臨床

研究やアカデミクスはいずこやら…

なので、市中にくらべ安い給料で大学病院にいるメリットが感じられないという人が多い

そして有能なホスピタリストをとどめておくことに失敗し続け

毎年10人以上が入れ替わる

今年はなんと20人以上の新入職者が入るという

異常事態になっている

90人以上いるファカルティの20人以上(新卒と経験者含む)が今年の入職者て

やばすぎるやろ

 今年から始まるQIプロジェクトへの科からの助成金も

リーダー達が選考するようだったので

「もし選考委員の一人がプロジェクトリーダーやメンバーだった場合、どうやって公平に審査するの?」

と科のTeamsサイトで聞いたところ

科長からは「考えていなかった」

と。

そんなことも想定できないくらい頭悪いんかな?

そうであってほしい。

なぜなら、それをわかっていて対策してなかったというなら、公平性という概念を持てない利己主義の悪代官であるからだ

だが、自分の不安が的中するかのような出来事がつづく

ホスピタリスト学会を通じて、Visiting professorプログラムを自分の科にも誘致しようとしているのだが

その際、科長とほか2人のリーダーが「私たちが引き継いでやるから」と

自分からそのプロジェクトをいきなりしょっぱなから引き継いだ

そしてなんもやってくれなかった

自分は学会側の主催者としてかかわっているので、「この期限までにこれらについて決めといてね」と連絡していたが

結局、自分と科長のやり取りだけで全てのことが進んでいく。

メインでやるはずの二人のリーダーは意見を求めても返事は来ず、

具体的な提案をしたときのみ何でもYesと返事されるだけで

ただの役立たずであった


そして、いよいよ科の中から応募者をつのるサーベイを行った時

立候補したのは、

なんと

なんと

なんと

科長

関わっている二人のリーダー

そしてあと一人は関係ない人

の4人だけだった

 

呆然とした

 

最大4人まで候補者を出してよいので選考する必要はないのだが

問題は、

がっつり関わっている3人を推薦しても

「科の誰も納得せんわ😵」

 ということだ

 

リーダー達の利己的にしか見えない公平性を欠いた決定が

不評をかっているというのに


自分がそれに加担するようなことをするのはマジでよくない


が、その科長は

「だれを上にランクするー?」

的な話を勝手にはじめ

他二人のリーダーはあいかわらずだんまり

だんまりのくせに立候補しおって…


ちなみに自分は権利はあったが立候補を見送った

だって選考する立場だから

自分が立候補したら公平性を保てなくなるからだ


なので、3人のリーダーの立候補には

とにかくがっかりした


自分のことしか考えていない


よって、自分は行動を起こした

リーダー達には

もっと宣伝して応募者を募った方がよい

と進言し、自分で科のミーティングで宣伝し

またサーベイを送ってもらった

これで応募者がなければ仕方ない

誰かに不公平だと指摘されても

証拠も提出できるし

自分も納得できる


ただこの一件で、彼女たちの行動原理が

自分の保身と利益

であることが結構はっきりしたと思う


すくなくとも公平性が全面にはないことが確認された


さて


自分が所属する科がこの状況というのは許しがたいので

 改善せねばならないのだが

どうしたものか


この出来事より前に科長には公平性・多様性のリーダーのポジションを進言した後だったのだが


音沙汰がない


90人以上同僚がいるなかで


自分の行動で示す というやり方は

あるポジションについているか

大々的なプロジェクトを通じてアピールしないと

多くにそもそも認知されないと思う


ここら辺はトライアルアンドエラーでやっていくほかない

 

 

 

 

コメント

このブログの人気の投稿

同僚がよくお世話になっているCureusというオープンアクセス・ジャーナル

Cureusに毎月のように同僚がケースレポートを出している件 「俺、この数か月で7つケースレポート出版した」 という信じられない言葉を耳にした時も「いや無理でしょ」と思ったが 同期の(主に外国人医師)同僚に頼まれ、とりあえず「レビューアー」だけやってみることに。 サイトからアカウントを作って、すぐに登録は無料で簡単♪ (注:宣伝ではありません) どうやら、論文執筆するか、レビューするかでポイントがたまるらしい。 インパクトファクターはないからとりあえず 戦闘力 みたいなものをつけてるのかしら? 一番、驚きなのは同期の人曰く、論文を提出した人がレビューアーを3人くらいまで「 指定 」できること。 普通レビューアーを編集者に「提案」することはあっても、「指定」はできない。  そして、さらに3-4人ほど、編集者から関係ないレビューアーへ依頼が行くらしい。 (自分がファースト・オーサーで使うことはよほどのことがないと使わなそうなので、ほんとかどうかは知らないし、同僚のためにも調べないことにした) でも、6-7人がレビューするうち、 約半分はフレンドリーなコメントが来る ってことだと想像している🙊 早速、2件ほどケースレポートのレビューを丁寧にしたが 1つは、30か所以上コメントする始末。突っ込みどころ満載。この人からはレビューアー評価★5もらえたが。 1つは、15か所ほど指摘。 どちらも症例自体はよいんだけれど、こんなの世に出してる場合じゃない。さすがに、これからはレビューアーとしては敬遠されるかな。 最近初めてCureusで症例報告を出版した同僚が言っていた 「 2-3日で審査が終わって、指摘されたところをアップデートしたらアクセプト、そのままオンラインで出版された 」  え?6-7人の審査がそんなに早く終わったの? と聞いたところ 全くコメントせずに提出するレビューアーも中にはいるらしい😱 なるほど、確かにレビューもとても簡単で、オンラインで直接文章にメモとして書き込めるようになっており、「SUBMIT」を押して、最後の総括コメントいれて終わり だから、そういう人が出てくるのも致し方ないか? だからそんな多くのレビューアーにお願いするのだろうと想像している レビューも学術

KY(ケンタッキー)州ドライバーズライセンス(運転免許)を取得

さてさてどっぷり5月病にはまってしまい、日記を書くこともおざなりになってしまっている今日この頃 最近ケンタッキー州の運転免許を取得したので記録 NY州で取得した免許をWI州に移すときは書類提出だけで済んだと記憶しているが KY州はビザ持ちの場合、書類、筆記試験、路上試験と一からやり直さなくては免許が取れない。つまり、免許の移行というものができないらしい。 6月まで使っていた臨床トレーニング用Jビザは、一年ごとの更新のため、運転免許証もビザの期限に合わせて期限が1年になっているのがつらいところ。 7月に引っ越してすぐにWI州の免許が期限切れで使えなくなってしまうのだ   そのため6月に日本に一時帰国した際に、地元の運転免許センターで国際免許証を取得しておいた 期限は一年間で、これでケンタッキー州の運転免許をとるまで1年間の猶予が与えられることになる 元J2の妻は、NYにいたときに就労許可証を取得していた経緯があったので(結局働くことはなかったが)、ソーシャルセキュリティナンバーを持っており あとは、仕事の契約書か給与明細と、電気やガス代などのUtility関係の請求書さえあれば申請可能な状態だった   ガスかなにかの請求書に妻と自分の名前を併記してもらうようにお願いし まつこと、、、 2か月、ようやく請求書が手元に届き   市の運転免許センターらしきところへ 受付窓口に並んでいると、アメリカ国民でなければ違う窓口でまずは書類審査をうけろと言われた(入口入ってすぐにあるドアから入る) 同じ建物内の、違うドアから入り、狭い待合室で待たされたのち なにか書類を持たされ、通常の受付へと通された そのあとはしばらく待った後に、筆記試験を受けてその日は終了 筆記試験は、一問解くごとに正解不正解が分かるようになっており、親切だったが 当日の朝に、ネットで練習問題を一度見ただけの知識では結構難しい問題も普通にあった 僕らは国際免許証を持っていたためかLearner Permitというものはもらえなかった 帰り際に路上試験の予約をしようとしたが、次の週までの予約しかとっておらず 後日電話にて予約をとった(なかなか電話にでてくれず苦労した) ジョークのような 路上試験 路上試験当日、

アメリカで言語療法(スピーチセラピー)と作業療法(オキュペイショナルセラピー)を受けるべきか

アメリカの健診で、子供の言葉の遅れを指摘された。セラピーを受けるべきか? 自分の身に起こったことだが 、言葉が遅れているからセラピーを勧められても、一人目の子供だと特にどうしたらいいか分からない。 結論としては、「とりあえず受けてみる」べきだと思う。 その時はマンハッタンに住んでいたので、家では日本語、デイケアにも入れる余裕はなく(週2で月1000どる越えとか今でも無理)英語を話す子供との触れ合いも少なく、言葉が遅れるのは半ば必然の状況でもあった。 しかし、小児科の先生も「バイリンガルの環境だと遅れることはよくあります」と事情を汲んだうえでセラピーの評価だけでも勧められたので 言われたように州が運営するBirth to threeに連絡。スムーズに手続きが進み(聴覚検査はやらされたか)、最初の言語聴覚士評価 に向かった。 若い言語聴覚士の人があの手この手で一緒に遊んでくれ、言葉を引き出していた。 こんな方法があったのか! といろいろな発見や学びがあったのに驚いた。普段遊んでいても出さないような音を真似して発していた。  そして評価が終わってセッションが始まる前にWI州に引っ越し WI州のBirth to threeの評価をまた受けるのであった。 各州に3歳未満のためのBirth to threeプログラム、3歳以上は各学区(スクールディストリクト)が運営するプログラムがあるはずだが(義務らしい)、それぞれシステム、プログラム、費用負担が違うので確認が必要   有効かどうか見極めるためにもまずは連絡をとることから始めるべき そして、パブリックのサービスがうまく都合にあわなければぷプライベートのセラピークリニックをプライマリケアから紹介してもらうことも可能である。   アメリカの子供の発達支援のシステムとクオリティは日本よりもだいぶ個別化されており良質である(と感じる)  日本でセラピーを受けたことはないので完全な比較はできない。保健師として地域母子保健を仕事にしていた妻から聞くに、日本では、例えば1歳半健診は、多くの子供を一堂に集めて一気にスクリーニングする。効率とコストの面では圧倒的に優れているこのシステム、裏を返すとすごく「雑!」なシステム。 子供一人一人に向ける時間と労力がと