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ここ最近で最もショックだった出来事は最後に

12月に入ってからと言うものとにかく悪い事が続いている ここの病院で初めて入院トリアージを2週にわたってやったが めちゃくちゃしんどい 年末で救急も混み合っており、病棟は満床が続いていたため とにかくレジデントも含め態度が悪い👹👺👿💢💢💢 でも自分の態度をそこで悪くしないでいられるのは成長というのか、もう全てを諦めているだけなのか💧 通常そのあと1週間オフになるところだが、週末だけ休んで12月最後の2週間はぶっ続けでレジデントや学生のいるティーチングチームへ😱 いままで半年間ずっと大学病院のみ割り振られてきたが、今回初めてすぐ近くの姉妹病院🏥のチーム この少ないチャンスを最大限に活かせるかどうかが、今後のティーチングチームへのアサインされる頻度が決まってくるので、とにかく集中しようと思っていた。 この期待は勿論裏切られるのだが💀 前日くらいから自分以外の家族全員が風邪を引き 初日から異様な疲労感に襲われながら出勤 二日目あたりから徐々に体調は悪化してきた さらに、てっきりレジデント1人、インターン2人、学生2人のチーム構成かと思いきや、姉妹病院はインターンは一切こないらしく、レジデント2人、医学部3年生が2人の構成。 インターンがいないので、患者の全てのマネジメント、オーダーやらノート書きやらをレジデントがやらざるを得ず、彼らは忙しい。 そうすると学生が放置状態になりがちなので、学生のケアをしっかりしていたら、結構好評だったのだが、学生は冬休みでわずか4日間だけで学生を失ってしまう。 レジデント2人と自分だけになり、これでは以前やったレジデントがホスピタリストのチームをローテするチームと何も変わらなくなった😱😱 昨日もフラフラになりながら早めに帰って、部屋を片付けようと思っていたが 頭がぼーっとしており、床に散乱しているものに注意がいっていなかった キッチンからリビングへ歩いていたとき 蓋の空いたプラスチックケースの上を歩いたらしく すってんコロリン あまりに勢いよく滑るものだから 身体は一瞬宙に浮き(多分浮いてまではない) 左腰から勢い良く着地💨💨💨💨💨 左手も無意識に出しており手をついて肘を負傷 左股関節付近のあまりの衝撃と

ホスピタリストのキャリアは悩みがいっぱい

大学関連の市中病院、二つあるティーチングチームのもう片方を率いている同僚は、ブラジル出身の超優秀な人だ 今回色々な話を聞けたが、彼が辿った道も紆余曲折あったようだ 数年前にニューヨーク大学病院でレジデンシーをすでに終え 5年間帰国して臨床や教育に携わっており そこで集中治療と救急をメインにやっていたらしい どうりで手技は何でもできるわけだ アメリカに戻って来るに当たって家族との時間がとれて給料も悪くなく かつ教育や研究も続けられる条件に最もあっていたのがここだったらしい しかし、実際働いてみると、レジデントは学ぶ意識が低い人が多いし、研究のサポート体制はイマイチだったりと、ガッカリはしたが 家族との時間が確保できているので、満足しているそうだ しかし、彼は基礎研究も臨床研究もまずまず経験があり、それが生かされない職場なんてなんてもったいない‼️ ホスピタリスト科で研究を頑張っている人は、フェローシップ応募の準備で腰掛けでホスピタリストをやっている人ばかり 准教授陣が軒並みプロジェクトや研究をデザインし実行し論文化する経験と実力に乏しいため、自分達ジュニアファカルティー(若手指導医)は、何を始めるにも手探り まえの大学はその点、准教授から教授陣は活発にリサーチ、プロジェクト、メンタリングをしていただけにとても残念 自分がこの大学で同じような事をやってあげ、プロジェクトを始める際のプロセスをもっと簡単かつ有効にしたいのは山々だが、下っ端が変えるのはそう簡単ではない 自分もいいメンターに出会えず、途方に暮れているので、彼と似たような考えに落ち着きそうになっているが 焦らず流れに抵抗していこう 最後に、彼から君は真面目に仕事しすぎるから、今度から一緒にティーチングチームに入れて欲しくない、と冷たい事を言われたが、どうも自分があまりに自分のチームのレジデントへのサポートが手厚すぎて、肩身がせまいのと、彼のレジデントが同じレベルのサポートを要求してくるようになったらしい。 全く今時のレジデントは終わっている…

米国ホスピタリスト学会年次総会のリサーチ抄録審査

ここ2年くらいなぜか総合内科学会のレビュアーばかりしていたので 今年からはホスピタリスト学会のレビュアーを優先 2年前か3年前にホスピタリスト学会のリサーチ抄録の審査をした覚えがあるが その時あまりにクオリティが低い抄録が多かったと記憶していた 自分も今回1枚はリサーチ部門に出しているので余裕だろうと思っていた が… 期待は無残にも裏切られた。  22抄録を仕事の合間にじっくり吟味して スコアリング+すべてにコメントをつけたところ 半分以上は自分のものよりクオリティが高い! いつの間にこんなにレベルがあがったの? 自分のはライティングのクオリティを評価してもらう他 生き残るのは難しそうだ せめて当落線上にいることを祈るのみ アクセプト率が50%としたら結構絶望的 さてどうなることやら 😰

シカゴ・ミルウォーキー1泊旅行

12月の後半はひたすら仕事 新入りの宿命か 外国人医師の宿命か  サンクスギビングもクリスマスも大晦日も仕事三昧😟 ミルウォーキーの友人2家族が日本に帰国するということで 急遽ミルウォーキーまで会いにいくことに😀 妻の体調次第なのもあって 前日夜8時の時点で用意を一切せず休んでいた妻を横目に 「明日朝7時にでれなかったらキャンセルな😑」 と発破をかけつつ 「ほんとにミルウォーキーいくのか?」 と思っていたほどだった 当日は案の定7時には出発できず、9時にようやく出発 前回は、ミルウォーキーからレキシントンまで家を探しに運転してきたが 1-2時間ごとに子供のトイレ休憩をはさんだため 片道10時間ほどかかった 今回も同じくらいの時間を覚悟していたが 子供が結構寝ててくれて 90分運転して一回休憩 その後はイリノイ州に入るまで4時間近く休憩なしでいけたので 休憩2回で8時間強でミルウォーキーについた👏👏👏 シカゴで休憩したとき、妻が 「シカゴ、近くなったよね」 という意味不明な発言がでたが 不思議と納得できた ミルウォーキーに引っ越した時は シカゴまでの90分の運転が結構遠く感じていたが 今や2時間でいけるところは近所 6時間強でいけるシカゴは許容範囲になったらしい 予定より早くついたので、いきつけだったホールフーズへ そこで、記念にウィスコンシントレーナーをみていたら 妻がウィスコンシンTシャツを6枚 爆買い  「成金中国人か?😨😨😨」 と青ざめながら見ていたが 友人家族x2全員に買いたいということだ その後、友人宅に4時間ほどお邪魔して 夜中に予約も取らずに近くのホテルへ 翌日は朝からシカゴでお買い物してシカゴで一泊する予定だったが  前日の運転やらでそうとう疲れていたので 「よし、街中にはいかずに今日帰ろう💀💀💀」 と、ミツワ→シカゴアウトレットモールを経由して その日の真夜中にレキシントンまで運転して帰ったが さすがに死ぬほど疲れた😱😱😱😱

宇宙兄弟で自己啓発

アメリカ生活も気づけば5年半😑チーン 日本で医者をしていた時は仕事が人生の大半を占めていたので 医学部卒業後はテレビもほぼ見ていなかった アメリカ生活が長くなると、日本の今から取り残される心配があるかと思いきや テレビ番組やデジタルコンテンツに関しては そんなことはない 日本のテレビはケーブルかネットで契約すれば普通に録画もリアルタイムでも見れるし 毎日のように息子と、おかあさんといっしょのあつこお姉さんを見ている 父親も世の中にいないだろう …仕事終わってからでも見れるんだもの  カラオケもスイッチかPS4で歌い放題だし 漫画に関しても、電子書籍を導入してから ワンクリックで漫画が買えてしまうように 前回のオフの時から 宇宙兄弟 に手を出し まずは1-10巻までを読んだ 日本にいるときに漫喫で読んだことがあり感動した覚えがあったが くさいセリフも「意識高い系か?」と斜に構えてしまい ピンとこない 今週は次の11-20巻を購入(ちなみに10巻で6000円…)  今度はくさいセリフが心に突き刺さり始める 「人生無駄にしている暇なんてない」 的な 場面は とても良かった 主人公だけでなく 他の登場人物のエピソードや心情もしっかり描かれているのが たまらなく良い 大きな目標に向かって努力するも 現実の厳しさに苦悩し 「先のこと考えるのやめたんだ…大事なのは結局”今”だ… やったことはきっと俺らの力に変わるはず… だから、ちょっとだけ無理なことに挑戦してこーぜ」 あたりでもう涙腺がゆるゆる😭 妻もはまったらしく 次男の名前はムッタで決定か❓

学会抄録提出期限の最後の12日間

米国ホスピタリスト年次総会の抄録の提出期限が今日の午後11時59分❗ ということで…🙋 先週(12日前…)過酷な病棟業務中に、普段から定期的にリサーチミーティングをしている4人の同期と話し合い 症例報告で良いからできるだけたくさんの抄録を出す方向で決定😱 ビザで戦々恐々としているインド人の執念が凄い… といっても、ほかの同期は忙しさにかまけて普段からいい症例に目を光らせていないようで 症例を出してきたのはインド人の女医さんだけ🙈 自分は普段から担当した患者のリストを電カルにセーブする機能を使っており 勉強になった症例を簡単に検索できるので  6症例提案🙋 計7症例を手分けして抄録を12日以内に書くことに しかし問題は、 自分は残り7日になるまでは毎日朝から夜まで仕事 しかも、ほかの論文の提出を編集者から迫られている さらに残り3日間もめんどくさいと評判の準夜シフト💣 他の同期も、一人は疲れており興味なし、ただ自分のかかわった症例に名前が載ればそれでいい漁夫の利スタンス👶 一人は網膜疾患が見つかり片目しか使えず長時間の作業が無理 一人は妊娠初期で体調万全でなく 唯一戦力になりうる最後の一人は、期限までの7日間は病棟業務。 というわけで、無謀にも思える挑戦が始まった。  残り11-8日:各自割り当ての症例の抄録の下書き。何も起きず。  残り7日:ようやく自分が病棟業務から解放 ちょうどいいタイミングで、体調万全の同期が下書きを完成させシェアしてくれる。 時数制限とか完全無視して物凄い時数と無駄な情報を入れて送ってきた😭ので、その日のうちに速攻で抄録っぽく改変。  残り6-4日:一つ目の抄録はみんなで意見を出し合ってほぼ完成。と言っても、メインで書いた人と自分がかかわった時点でほぼ完成していた。 まずは一人1症例ずつ取り組むという話だったが、ほかの同期からは抄録完成の連絡来ず… 1個1個やってたらこれは目標達成は無理や…  と思い、自分はもともと絶対書こうと思っていた2つを完成させ、残り4日目にシェア。 皆からは「ほぼ完璧に近いやん」とおほめの言葉 わずかな表現の訂正と、タイトルを考えてもらった ここで、女医さんは自分の抄録をまずまずの形にし

電子書籍へ移行

7日間オンオフの勤務に踊らされ何もできなくなっている自分にさすがに嫌気がさし 「 意識高い系スイッチ 」 をオンにする方法を探していた 時間のマネジメントや やる気や集中力を維持向上させる方法が必要だ フェローシップ中も同じようなことをずっと書いていなかったか?と突っ込まれそうだが とにかく自分は時間の使い方や効率が悪い人間なのだろう だから意識高い「系」と妻に揶揄されるのだ さてさて 大学院で教科書や本から多くのことを学んだ経験から、自分に興味のある本を読むようにしているが 昔から紙媒体の本、漫画、教科書が大好きだったので、必ず実物の本を買うようにしていた しかし、紙だと、夜ベッドで読むとか、何かの待ち時間に外で読むとかがなかなかできない 今回、背に腹はかえられぬ、と思い切って電子書籍を買い始めた そこで意識高い「だけ」の自分は、ストレス発散の方法としてまず漫画の電子書籍に手を出すのであった 調べた結果、海外在住だと、アマゾンCO.JPの漫画コーナーでは購入制限がかかるらしい 日本のクレジットカードで買えば問題ないようだが 日本の口座にあるお金は減っていくことはあっても増えないので使えない(涙) どれくらいで購入制限がかかるか調べようと 僕の地球を守って全12巻 を3-4回に分けて購入。そしてストーリーの壮大さと絶妙な構成に感動。 普通に購入できたので 次は からくりサーカス  を買い始めたら、1巻しか買えず、その後はアラートが出て買えなくなった 次は海外でも利用可能な eBookジャパンでからくりサーカスを全巻制覇し 米国からでも利用できることを確認 今でも読みたいものがあればすぐ購入できるので非常に満足している  (最新刊が出ていなかったりするのでタイムラグがある漫画もあるようだが) そして、次に、普通の書籍はやはりアマゾンキンドルだろうと思い アマゾンで 何冊か購入して携帯とラップトップで読んでみたところ なかなか良い なぜかよくわからないが(視力が弱いせい?) 携帯のほうが本よりも読みやすい アイフォン8プラスの画面に表示できる文字量が少ないせいか 本よりもストレスなく読めることに気づいた 本だと先が気になってついついパラパラ先まで

7DAYSオンオフの難しさ

一応フェローシップの間もホスピタリストとして2年間働いていたが週末や夜勤が多かったので、ホスピタリストっぽい生活は全く送っていなかった 7月からは7日間病棟で働いて、次の7日間は臨床業務から解放されるという生活を送っている 初めのうちは、病棟業務の仕事に慣れるのに集中し、オフのときは新しい生活のセッティングなどに使えるので、とても快適に感じられた しかし9月を過ぎたあたりで、気付いた 「7日間オンオフって思った以上に難しい」 第一に、病棟業務の7日間は土日も含め朝7時から夜7時の12時間勤務。 大学病院だと内科のインターンは、おそらく一人で6-8人担当し、朝6時台にきてプレラウンド、ティーチングラウンド、その後オーダー、コンサルト、ノート書き、退院調整、書類などの頭脳作業以外のことを行う。 大学関連メディカルセンターでは、一人で6-10人担当していたが、患者一人一人の重症度や複雑さは低めになるので、単調な作業の繰り返しも多かった(共通)。   ここのKFC大学病院は、全米でも1,2を争うほど複雑な患者を診ており (KFCも田舎なのに、周辺のさらにど田舎の広い地域をカバーしているため、地域の病院で手に負えなくなった人がひたすら送られてくる) 毎回病棟業務が始まるたびに把握がとても大変 しかも、16チームあるうち、ナースプラクティショナーがついているのは1つだけ 常にレジデントや学生のいるティーチングチームは3つだけ 医学部4年生が二人つくチームが一つと、レジデントが二人つくチームが一つずつあるが この二つのチームは学生やレジデントが不定期にしかローテしない (ちなみにKFC大学には2つ病院があるがメインの大学病院だけの話) つまり多くの場合、毎回自分ひとりで一つのチームを回さなければならない 一つのチームに常に11-12人患者がいるので インターンよりも多くの患者を受け持っている。 朝5時半に起きる習慣がつき、夜7時に帰宅してからも ご飯を食べて、子供の世話をしたら、すぐに10時で就寝の時間になる まさか僕って インターンと変わらない? と時々自虐的になる 働いているときは、ほかの仕事が全く進まないので オフの時にたまった仕事を進めなければならないが これが相当難しい 7日間

KY(ケンタッキー)州ドライバーズライセンス(運転免許)を取得

さてさてどっぷり5月病にはまってしまい、日記を書くこともおざなりになってしまっている今日この頃 最近ケンタッキー州の運転免許を取得したので記録 NY州で取得した免許をWI州に移すときは書類提出だけで済んだと記憶しているが KY州はビザ持ちの場合、書類、筆記試験、路上試験と一からやり直さなくては免許が取れない。つまり、免許の移行というものができないらしい。 6月まで使っていた臨床トレーニング用Jビザは、一年ごとの更新のため、運転免許証もビザの期限に合わせて期限が1年になっているのがつらいところ。 7月に引っ越してすぐにWI州の免許が期限切れで使えなくなってしまうのだ   そのため6月に日本に一時帰国した際に、地元の運転免許センターで国際免許証を取得しておいた 期限は一年間で、これでケンタッキー州の運転免許をとるまで1年間の猶予が与えられることになる 元J2の妻は、NYにいたときに就労許可証を取得していた経緯があったので(結局働くことはなかったが)、ソーシャルセキュリティナンバーを持っており あとは、仕事の契約書か給与明細と、電気やガス代などのUtility関係の請求書さえあれば申請可能な状態だった   ガスかなにかの請求書に妻と自分の名前を併記してもらうようにお願いし まつこと、、、 2か月、ようやく請求書が手元に届き   市の運転免許センターらしきところへ 受付窓口に並んでいると、アメリカ国民でなければ違う窓口でまずは書類審査をうけろと言われた(入口入ってすぐにあるドアから入る) 同じ建物内の、違うドアから入り、狭い待合室で待たされたのち なにか書類を持たされ、通常の受付へと通された そのあとはしばらく待った後に、筆記試験を受けてその日は終了 筆記試験は、一問解くごとに正解不正解が分かるようになっており、親切だったが 当日の朝に、ネットで練習問題を一度見ただけの知識では結構難しい問題も普通にあった 僕らは国際免許証を持っていたためかLearner Permitというものはもらえなかった 帰り際に路上試験の予約をしようとしたが、次の週までの予約しかとっておらず 後日電話にて予約をとった(なかなか電話にでてくれず苦労した) ジョークのような 路上試験 路上試験当日、

14日連続勤務にチャレンジ、そして疲労困憊に

前回投稿してから随分経った気がする つい先日まで、14日連続勤務にチャレンジしていた 同僚からシフト変わってよー、と言われ 絶対誰かとどこか遊びに行く用事や とわかっていながらも、将来また頼まれることもあるだろうし、自分が頼むときにどう立ち回るべきかを見極めるため、受けることに。 2週間連続勤務になってしまうので、そこは2週間同じチームにとどまれるように調整してくれたのも大きかった。 そしてまず、一週目。そのチームは、レジデントがいたりいなかったりするチームのようで、1週目は3年目のレジデントが2人ローテしており、楽勝だった。にもかかわらず、2週間あるというプレッシャーから、体調管理に徹して、仕事以外のタスクは極力やっていなかった。  そして2週目からは、レジデントのローテが終わり、いつも通り一人ですべての患者を診て、すべての仕事をやることに。 しかし、これがきつい 楽な前週からの反動もあるだろう すでに1週間毎日毎日12時間勤務をこなした疲労もあるだろう でもとにかく患者が動く動く 毎日のように、2-3人退院させては、24時間で最大5人入ってくる 常に患者数が11-12になるようにコントロールされているので 患者のためを思って頑張って一気に吐き出せば、一度に新しい人が大量に入ってくる 長めに入院してくれる人が多ければ多いほど、楽になるシステム  一応、RVU(やった仕事量の指標)がある一定を超えるを年次ボーナスがでるらしいが 自分の科は、圧倒的にRVUが不足しているらしいので (とにかく入院日数が長い) 頑張ったところで、報酬が増える保証も全くないのだ。 2週目は、いよいよ仕事のメールに返信するのをやめた 毎日、朝から晩まで、患者へのサービスとクオリティを保つことをだけに集中して働いた 特に最後の3日間は、ものすごく忙しく、疲労がひどかった。 最後の日は、ウキウキしながら出勤したが 夕方4時まで一息もつけず、トイレもいかず 遅い昼ご飯を食べてから 明日引き継ぐ同僚への引継ぎノートを完成させ 3時過ぎに渡されたICUの患者を診て さらに病状が完全に安定していない人の診察と、翌日退院する人への説明してから 長い2週間を終えることになった そこまでやっても

トヨタからのサプライズ?

トヨタラブ4のリース終了で700ドル近く請求された件の続き ちょっとしたショックもあったので、暫く放っておいて、気持ちが落ち着いてから払おうと思っていた そして、トヨタのファイナンスに電話して払おうとしたところ だいぶんホールドで待たされた後 「返還時のディスポジション料金は免除になっており、あなたの支払いはすべて終わっています。払う必要はありません」 と言われてびっくり‼️ でも他にも色々チャージされてたよ?と聞いても、全て免除になっていますので、払う必要はないとのこと。 免除された理由は全く分からないが、なんか、トヨタやっぱスゲーな という印象だけはしっかり付けられて電話を切った 一体何が起こったのか…謎すぎてモヤモヤして素直に喜べなかった(・・?)

9 virtues of exceptional leadersの感想

読書も少しずつ習慣づけようとしているが、一つの本を少しずつ読むのはとにかく難しく感じる 今回手始めの本としてAAL(Academy for Academic Leadership)が推薦している、「リーダーが持つべき9つの徳」的なタイトルの本を読み進めている リーダーシップについて学ぶと同時に自己啓発になって良い。 以下感想。 まずイントロ  Virtue という言葉のチョイスについて。 GreekでArete。2500年以上前から存在する概念らしい。 Virtueは Excellence in character という意味でつかわれたり 今では A foundation of moral goodness という意味合い。辞書で引くと 美徳 とか 徳 とかでてくる。日本語では 「徳」がしっくりくるかな。 徳は、行動(Action)によって、習慣的な思考や行動の方法として形作られるもの この著者は、Virtuous leadershipという言葉を採用している。徳を備えたリーダーとか? リーダーシップは育てるものか生まれついたものか?「Nature vs Nurture」という命題に対しては、著者は両方だろうという立ち位置 もうすこし詳しく言うと、NurturingはCharacter buildingだから、もともと備わっているリーダーとしての資質の上に積み上げていくものだよね、と。”build on the natural potential as a leader through action and habit formation” 9つの徳の構成 コアとなる徳 courage perseverance wisdom justice 従来的精神的な徳 hope /faith charity 現代社会で大事な徳 humility honesty balance だそう。イントロだからなんとも評価しようがないか。 チャプタ 1 なんでVirtueなの?という話題。 ずっとマネージャー的仕事をして貢献していた部員を、最後の試合の10分間、スコアに関係なく試合に出したバスケコーチの例が取り上げられている。これが、アメリカのうまいプレゼンでよーく見る、「Making the(a?) case」の典

医師の燃え尽き(バーンアウト)についてのセミナーが興味深かった

アメリカ内科学会の提供するオンラインセミナーに参加してみた。 ライフ・ワーク インテグレーション(バランス)についてだったが 自分の仕事に喜びや価値を見出すことや 感謝することなど ソルトレークのQIコースで学んだリーダーシップの考えやツールがオーバーラップしていて興味深かった 病棟業務の間隔が空いていると、やる気や集中力がなくなりストレスをためやすくなることに気づき TEDトークなどの自己啓発系のユーチューブ動画を見まくっていたところ 働いていないときは、だらだらする時間が増え、姿勢が悪い時間が長くなって調子が出ないのかと思い パソコンで仕事中も 姿勢をよくするようにしたが 今日のセミナーでも 携帯を見るために前かがみになればなるほど体に無駄な負担をかけているという情報が盛り込まれていた ライフワークバランスを崩すことなく、生産性を上げるべく努力しているが タイムマネジメントやいかにストレスを減らすか(セルフケア)についても触れられており 新しい知識はさほどなかったものの、テイクアウェイポイントとしては、自分のやっていることはバーンアウトの予防策ととらえることもできると教えられたようだった。 先延ばし星人である自分を許すことも大事(セミナーではSUCCESSでなくPROGRESSが大事という言葉)だと、最近の動画と今回のセミナーで触れられていて、確かに意識していないと、できていない自分はストレスになるなあと感じるので 自分を許す(やったことを褒めることでアメを与える)キャンペーンを開始 今日は、色々なことを学んで取り入れようとしている自分に◎印 参加者の一人は、赤ん坊のいる子育て中のママ医師はどうしたらよいんだ?と質問していて、さすがにプレゼンターはよい提案はできなかった。 個人で全てどうこうできるほど、現実は甘くないと同時に セミナーの冒頭で触れていた「バーンアウトはもはや個人の問題でなくシステム全体の問題として取り組まなければならない」というのは 的を得ていると思った。

生産性について考えさせられた

フェローからアテンディングになって1日目から思っていたことだが 色々な新しいことに挑戦できているにもかかわらず 生活にメリハリがでている👏👏👏 ワーカホリックという言葉とは無縁の自分にとって 1週間働いて1週間休むという恵まれたスケジュールも 間違いなく助けになっているが 7月に入ってから 庭で毎日子供たちと遊ぶ習慣がつき 芝刈りを最低隔週でやる習慣がつき 車2台とも隔週で自分で洗車する習慣がつき 休みの時に庭でグリルで肉を焼き始め 本を少しずつ読む習慣もはじめ 地方学会に出す抄録(アブストラクト)を4時間で書きあげ 論文が一つ出版され 他の論文のリビジョンにもとりかかり 今年一緒のタイミングで入職した同期数人とチームを作って、お互いに学び助けながらリサーチの生産性を一気に上げるイニシアティブを立ち上げ(結果的に有色人種に偏ったががこれが現実よ)、すでに定期的なミーティングが始まり  1か月で3人のメンター候補と面談を済ませ 9月の休みに旅行に行く予定を立て始め あまり興味もないソーシャルネットワークに今更手を出し (子供の写真をもっと取るようにインスタをはじめ、文献をちょっとでも読む習慣をつけるために、ツイッターを始めた。多分長続きしない。) 大学院の修士論文も少しづつ進めている しかしストレスレベルや疲労レベルは、フェローの時よりはるかに少ない 感覚的には理由は分かっていたが(スケジュールが楽になったので、時間をうまく使えるから) この間、パソコンで仕事をしながら適当にユーチューブでTEDトークをバックグラウンドノイズで流していたら ある動画だけに引き込まれた。その理由を説明してくれていたからだ。 生産性を上がらない人達はこぞって「時間がない時間がない」というが、どんな成功者も一日24時間という同じ条件で結果を出してきた 問題は時間の使い方(これは誰もが理解している) 生産性を上げるにはPerspective(フォーカス)とControl(安定性)の両方が必要。 タスクや何をやるべきかにフォーカスできていてもコントロールがなければ、マイクロマネージメントになって「クレイジーワーカー」になってしまう コントロールができていても、フォーカスできていなければ

トラブル続きでリース終了したトヨタ車2台の結末

さて、6月の引っ越しの時に起こった悲劇の結末が判明 最近になってようやくトヨタから請求書が届いた。 まず1台目のトヨタカローラ。引っ越しをなんとか終えてアパートから退去し、空港近くのホテルまで運転したところ、娘がチョコレートを後部座席に塗ったくっており激怒と失意のまま返却した。しっかり修繕費用として100ドル以上請求される。 そして2台目のトヨタラブ4。引っ越し1週間前に赤信号で止まっていたところ後方から追突され、相手の保険会社のプロセスに従って修理に出しっぱなしで、無理を言ってリース終了時にサインする書類にサインだけさせてもらい、引っ越した。 6月27日くらいまでに修理が終わりトヨタのディーラーに送ってくれればペナルティはなさそうだという話だったが、修理は7月上旬まで結局かかり、トヨタのファイナンスから電話でせかされていた。 ラブ4は運転席側のドアの塗装の修繕で、まさかの修理費180ドル近くとられており 1か月リースが延長になった分の250ドル さらにディスポジション費用とかでさらに250ドル 税込みで700ドル近く請求されとるやんけ😱 5-6月は本当に大変なことばかりだったが 払える額の お金で話がつくようなレベルですんで良かった (特に事故は命にかかわる)  ハクナ・マタタ👍  

ガス点火式チャコールグリルを使ったはいいが、事件発生

庭付きの家に住んだら絶対にやりたかったこと お庭でバーベキュー☝ 5年越しの夢が叶うときがきたのだ ミルウォーキーに住んでいた時  キャンプにもっていけるようなサイズのガス式グリルを買ったが  家にいるときはグリルで焼いてもキッチンで焼いても 味に違いはほぼないのでキャンプ以外では使っていなかった 引っ越す少し前のことだっただろうか 友人らがチャコールグリルでないとダメだとこだわりを語っていたのだが チャコールグリルの中でも めんどくさいやつと楽なやつがあるという話で 一番シンプルなやつは、チャコール(木炭)への点火は着火剤やらマッチで自分でやるうえに、使い終わった後の灰を捨てるために、グリルごとひっくり返さなければいけない それを改良したのが、灰を集める容器がグリルの下面に接続してあり、そこを外してすてるだけでよいやつ そして、最強なのが、ガスで点火がボタンひとつでできる機能がついたやつ さすがにメーカーや名前を憶えていなかったが、見せてくれた画像だけは覚えていて YouTubeでチャコールグリルのおすすめ動画をみて同定 Weber 15501001 Performer Deluxe Charcoal Grill👌 をアマゾンでぽちっと購入 巨大な段ボールが届いて、時間かかるからまた明日しよーと思い放置していたら 妻がみるみるうちに組み立てていく 1時間くらいで完成していた 妻はなんでも作るのはうまいが 組み立てはめったにやってくれない (今回の引っ越しで購入した家具も自分ひとりでやった)   妻もお庭でバーべーキューを夢見ていたんだろうな😃 と思い、早速夕飯はお庭でグリル 時々つまみながら、焼き鳥と分厚いステーキを焼き 焼き物を終えて、さぁゆっくり食べようか! とステーキを探すも焼き鳥しか見当たらない ステーキは全部食べられていた😱

日本人に頻繁に遭遇するのだが、そんなに会社があるのだろうか

新しくパソコンのキーボードを購入したので、お試し中。 ここKY州レキシントンでは、頻繁に日本人を見かける。 ニューヨークの時は世界中からきている人が入り混じっており、日本人も何万人と住んでいるので、日本人らしき人に会っても気にもならないのだが ミルウォーキーの時は、日本人遭遇率は相当低く、日本人かな?と一瞬思っても大体中国人であることが多かった。 (自分と妻も大体中国人に間違われるので、顔の作りが似ているのだろう) ここレキシントンでは、出かける度に、必ず日本人らしき人をみる。そしてなぜか見るだけで日本人だと思うことが多い。 きちんとした髪型や服装もしかり 車も大体日本車に乗ってるし 混雑している レジで小銭を財布から探して払うとか  絶対日本人だ! と思ってしまうのは間違っているのだろうか・・・ そんなに駐在の人が多いなら、年の近いお子さんのいる家族とお知り合いになりたいものだが。 あと最近あった気づきとして、アルコール売り場が必ずお店のほかの売り場と別れている。 コスコでお酒売り場でアルコールを買ってから、店内で普通に買い物をしたところ レジの人に「それ法律違反だから今後やめてね」と言われてびっくり お酒を店内に持ち込むこと自体が禁止されているため、売り場が別になっているらしい。  アメリカといっても、東海岸(NY)、中西部(WI)、南部(KY)で随分違うもので、住む場所によってアメリカという国への印象もだいぶ違うだろうな、と思う

任天堂スイッチで本格的なカラオケができるように

今の大学からの初給料で買いたかったもの数知れず 初めに買ったのは、まさかのルンバや、健康器具でもなく  任天堂スイッチ 運動は好きなものの、完全なるインドア派の自分にとって ストレス発散法をフェローシップの時からずっと探していた フェローシップの時は、二人目が産まれたりと、それどころではなく、心身ともに疲れ果てて何も進まずに終わってしまった感がある そしてこれからは、首になるか、ビザが下りなくなるか、自分が飽きるまでは 無期限でここで働くわけなので ストレスや疲れを取る術がとても大事だと踏んでいるのだ 一応、子供たちができそうなソフトも買っておこうと マリオカート8も購入 しかし、本当の目的は JOYSOUNDカラオケを導入すること  実際はすでにもっているが、まったく使っていないPS4で DAMとJOYSOUNDは利用可能なのだが (しかも月額の利用料金もPS4の方が安いっぽい) DAMはPS4のみ利用可能、音質がよく採点がテレビの「カラオケバトル」同様、細かいらしく JOYSOUNDはPS4でもスイッチでも利用可能で、アプリ上で選曲ができ、デュエットもできて、読み込みも早いというネットの情報をみて スイッチなら、本体のモニターが、選曲用のモニターとして使えるだろうと思って購入した (そして後に、それは間違っていたことに気づくのだが) 早速起動し、JOYSOUNDをイーショップで検索するも、ヒットせず。。。。 やはり誰かがブログに書いていたように、日本のイーショップでないと利用できないようだった 設定を日本在住に変更し、アクセスしなおしたところ、簡単にみつかりダウンロード しかしマイクがないと遊べないので、近くのGameStopに探しにいったところ 中古のWiiU用のマイクが5ドルで売ってあったので購入。事前の調査通り、普通に使えた。 カラオケを楽しむにはチケットの事前購入が必要だが   日本円でしか買えない😡😡😡 (アマゾンでアメリカドルのE-cashを買っても、Paypalを使っても、もちろんCredit cardでも、日本円でない通貨を通す時点で受け付けてくれない) 怒りに震えながら 絶対に使わない方針の日本のクレジットカードを使用し

借金完済

6月以降、引っ越し関連の費用がかさみ 家計は火の車 JビザからOビザに変更するのに米国外に出て面接を受けなければならず 日本への旅費で80万くらい 幸いOビザ関連の弁護士費用もろもろはすべて大学が負担してくれたのでよかったが 慈悲ならさらに80万くらいかかっていたかと思うとぞっとする 引っ越しは結局ユーパックのトレーラーで2000ドル 荷積みの人件費で600ドルくらい 荷下ろしは結局自分でやり(😨)600ドル返金された その他、洗濯機・乾燥機、家具、ノートパソコン、医療費などなど … 自分の給料では、このSURGEに耐えられず カードの使用金額が過去最高でガクガク😭 7月は最後のミルウォーキーからの給料が入り なぜかいつもより額が多かったので助かったが (退職金がふくまれていたのか?) それでも膨れ上がった200万近くの借金を返すのには不十分 8月1日に今の雇い主から 最初の給料+引っ越し負担金が振り込まれるまでの 2か月間弱で クレディットスコアが落ちる落ちる  -100ポイント くらい行ってしまった。 引っ越し負担金も税金で相当もっていかれ 5割弱しか手元に残らないとは… ミルウォーキーからの余分な振り込みがなければ 1回で返せてなかったヨ

ペストコントロール頼んでみた

ニューヨークでは34階という、はるか空の上で生活しており 蚊すら飛んでこないところで生活していた ミルウォーキーは寒い地域だからか 虫がほんとに少なかった。いても小さな虫が多かった そして今回、南部の温かい地域に引っ越したので 蟻、蜘蛛、そしてハウスセンティピードとかいう 通称ゲジゲジ が出没 引っ越して部屋をきれいにしてからは 随分とみることは減ったが ゴキブリ同様、住み着いているのは間違いない! ということでIPMというペストコントロール業者を頼んでみた 早速最初の治療にきてくれたが あいにくの雨 インテリア(家の中)だけスプレーを散布し 15分くらいで乾くから、それまで子供たちに濡れているところを触らせないでね  乾いたらもう大丈夫だと エクステリアはまた晴れてからね と帰っていった 虫は90%は外から入ってくるらしいので エクステリアの虫を駆除しないと意味ないらしい なるほど 3か月ごとのメンテナンス治療もお願いしてみた 初回治療は135ドルが最低 メンテナンスは毎回95ドル 契約などはないのでいつやめても、再開してもよいとのことだった 妻は、虫を一匹たりとも見ない生活を望んでいるので 果たしてそんなレベルにまで駆除してくれるのかは 時間が証明してくれるだろう ちなみに今回お願いした標準の治療では 蟻はそこまで効果ないらしく 特別にお願いしないと減らすのは無理だろうといわれた

自分で芝刈ってみた

芝が伸び放題だったので (というか入居した時点で結構伸びてたよ…) ホームデポで芝刈り機を買って オフサービスの時に自分で刈ってみたところ 重労働😱 で炎天下のなか一日かかったので地獄だった まず、 どうやってエンジンかけるのかわからない ユーチューブを見てもわからなかったが 気合でいろんなことを試していたらかかった そして芝刈り機にかった芝が自動で集められるバッグ付きのものを購入したが  かなり伸びていたのもあって 速攻でバッグがたまり、そのたびにエンジンを止めて バッグを空にしなければならず エンジンをかけるー>バッグにたまった芝をゴミ箱にすてるー>またエンジンをかける のエンドレスサイクル これを朝9時くらいから夕方5時くらいまで続けただろうか? ようやく終わったときには腕がこんがり日焼けし筋肉痛  次からは芝が伸びる前にできるから楽になるだろう とか思っていたが 芝を刈った翌日から台風のような豪雨が2日ほど続き 一瞬で芝がのびた 次回も一日がかりになりそうである

活動記録7月

7月2日からオリエンテーションが始まり、翌週には早速勤務開始だった 基本的にスケジュールは7DAYSON・7DAYSOFF(7日病棟業務して次の7日は病棟からは解放)だが OFF(オフサービス)のときは、ミーティングやら臨床以外の仕事をこなしてもよいし 休日らしく遊んでいる人もいるだろうし、基本的に自由 ここの大学は、大学病院とすぐ近くの市中病院も所有しているので 二つ合わせると内科だけで20チームかそれ以上ある しかし、そのほとんどにAPP(ナースプラクティショナーやフィジシャンアシスタント)はおらず(APPとペアで仕事するのは2-3チームくらい) レジデント達のいるティーチングチーム以外は全てホスピタリスト一人! 前の大学病院が、ティーチングチーム以外の全てのチーム にAPPがおり 患者の半分を見てくれていたので、これは大きな違いである ともかく、大学病院のため1チームの持ち患者は少なめに設定されており 大体常時11人といった具合だった 朝7時から夜7時までが勤務時間で 夕方は仕事が終わったら帰ってもよいが呼び出されたら行かなければいけない まだ仕事に慣れていないので、順調にいっても7時に仕事が終わるくらい ニューヨークで内科インターンだったころは 6時半くらいに出勤して、持ち患者は6-8人くらいで、病態もそこまで複雑な人はいなかったし、夕方5時くらいに終わっていたから インターンより忙しい!? まぁ、ここは田舎だからだろうか、入院日数短縮のプレッシャーが驚くほどこないので気楽に仕事できるのでよいのだが 周辺のさらに田舎の街から紹介・搬送されてくる人の多いこと多いこと そのため、悪くなってから来る人が圧倒的に多く、しかしまあ 、 よくここまでほっておいたな…  というくらい複雑な人ばかり ミルウォーキーでは、大学病院ながら、市中病院の機能を果たしている病院だったので 5-6割くらいは、観察入院で入院させていた気がするが (そして速攻で退院する) ここでは観察入院はほぼない (2日前にようやく一人観察入院の人がいたくらい) 入院日数は余裕で7-14日いくし リハビリ施設に送るのになぜか3-7日くらいかかることもしばしば 医者が頑張ったところで、ソーシ

さんざんな引っ越し(九州編からの引っ越し受け取り)

東京に4日ほど滞在した後は、熊本ー別府へ 別府は数年ぶりに帰ったが、いつものように杉乃井ホテルに宿泊 前からなんでもっと日本らしい温泉旅館ではなく テーマパーク感の強い杉乃井押しなのか 理解できなかったが 今回こどもと宿泊してみて初めて プール施設、ゲームセンター、遊び場、何でもそろっている杉乃井の良さを実感 棚湯は、マリーナベイサンズを彷彿とさせる作りで (いいすぎか) 別府と別府湾が一望できた  九州滞在中も、墓参り、七五三、写真館などなど毎日予定が入っており 結局休まることもなく岐路についた 帰りは、福岡ー羽田、羽田ートロント、トロントーシンシナティと長旅 まずは福岡空港でチェックインだけで1時間かかる ANAでチェックインしたのだが なぜか赤ん坊の予約が自分と妻両方でとられていて、エアカナダに片方を外してもらうようお願いしていると ようやく発券してもらったところ、一目見て、赤ん坊の名前のスペルが間違っていることに気づき エアカナダに電話で赤ん坊を追加してもらったときに、誤表記されたものと一緒だったので もしかすると、訂正をお願いしたときに、訂正でなく追加されたのかもしれない とピンときた 結局、名前の再変更などなどで、チェックインしてからもチケットを差し替えてもらったりとごたごたしていた トロント空港で次の便を待っていると、イスラエルからの5歳くらいの男の子とよちよち歩きの弟に絡まれ続け、さんざんな目に 二人とも周囲に迷惑がかかるような行動までしだしたので、優しく注意するが、親は全く来る気配すらなく愕然 その後シンシナティ空港には夜11時ころ到着し レンタカーを予約なしでカウンターにいってみたら 「乗り捨てだと一日借りるだけで500ドルちかくかかる」  とウソみたいな値段だったので断念 ウーバーでレキシントンのホテルまで行くことに 翌日朝、一人でホンダのディーラーに行き (トヨタのリース終了がうまくいったか分かっておらず、トヨタは断念した) 2台リースの手続きをするも なんと昼のチェックアウトの時間に間に合わず さらに家の鍵の受け取りの時間も迫っていたため またウーバーで家まで向かい、カギを受け取って再度ホンダへ 結局2時くらいまで

さんざんな引っ越し(ビザ面接)

東京滞在の途中、赤坂のアメリカ大使館でビザ面接を受けてきた 予約時間ギリギリに行くと、外には大して人はおらず 「あれ、そんな多くないのかな?」 と思ったがそんなことはなく、中に入ると長蛇の列ができていた 毎度のように、写真を予約確認用紙の右上に貼り損ねてしまうが 今回はそれはスルーされた しかし、自分と妻の分のファイルを分けるように指示された (これもいつも忘れるが、予約の紙に明記してほしい) 面接会場は人であふれかえっており、立つ場所を見つけるのも大変だった 子供連れだったためか、中に入ってからの待ち時間は少なく 早々に面接に呼ばれ なんで、HじゃなくてOなの? 研究者?論文書いてるの? 子供は米国パスポートもってる? などなど、腑に落ちなかった点を確認されたが 「ビザはおりました。1週間程度で届きます。」 と言われ終了。 火曜に面接して金曜夕方にステータスを確認したところ 「パスポートはまだ大使館内にあります」 となっていた😨 土日は大使館はしまっているので、 早くても月曜に発送? 水曜が出発日だったので 火曜日の夜までに手元にないと絶望的 月曜朝に大使館に連絡したところ 「今日すでに投函されたようです。あとは郵便局に聞くほかないです」 と言われ、トラッキングナンバーをもらったが 郵便局に問い合わせても、郵便物がどこにあるのか特定できず 通常、郵便局でスキャンしないとトラッキングナンバーはでないはずらしいが 明らかに大使館からの郵便物は違うプロセスを経ているようだった 火曜朝に再度調べると、夜7時過ぎに、郵便物が新宿郵便局でスキャンされたと情報がアップデートされていた 早速新宿郵便局と受け取り先の熊本の郵便局に連絡し、 新宿まで行ってもいいから、 なんとか今日受け取れないか相談したら 基本的に受け取り先の変更は、差出人にしかできない 昨夜スキャンされたため、本日昼づけの受付となり通常届くのは翌日午前 と言われたが、急ぎで配達してくれたようで、夕方には熊本の自宅に届いた 対応してくれたからよかったものの そうでなければ間に合っていなかった可能性が高かった…

さんざんな引っ越し(日本一時帰国)

ミルウォーキーの空港からまずはカナダのトロントで乗り継ぎ もう詳細は覚えていないが、飛行機が遅れたせいで、トロントで全く買い物する暇もなく ギリギリで羽田行の便に乗って羽田へ エアカナダは日本への旅行では初めて使ったと思うが 今までで最も不快なサービスだった 不親切 差別的(かイライラしているだけだが、どちらにしても気分が悪い) 飯がまずい 狭い 汚い などなど。 お金をだしてバシネット席を取っているのだが バシネットなんて離陸して何時間後にもってきたよ? あってもなくても大して変わらないどころか 足元に荷物がおけないデメリットのほうが大きかった もう二度とのらない! と思いながら、なんとか羽田までやり過ごし 品川プリンスホテルまで到着 荷物は運んでくれるわ、至れり尽くせり 到着して速攻で品川駅構内で昔の同僚と飲み 東京滞在中、品川の水族館と横浜のアンパンマンミュージアムでミルウォーキーの時つながっていた家族と再会 自分の用事のついでに、鴨川シーワールドにも立ち寄り ろくに食を楽しむこともなく、目まぐるしい東京滞在は過ぎていった

アメリカで体験した、さんざんな引越し

6月はあまりにバタバタしていたので、日記をつける余裕もなく過ぎていった。 振り返ると、5月下旬から引っ越しの手配でごたごたがあり 引っ越しの1週間前を切って、ようやく手配が完了 一安心、と思った矢先 妻が運転中、後ろから追突される (けが人なくて幸い) 相手の保険を使い、修理を頼んだが2-3週間はかかるらしい リースが終了するので、引っ越しまでに、TOYOTAに返却しなければ大変なことになるのだが トヨタのディーラーもトヨタファイナンスも 助けてくれようとはしてくれるが こんな状況の人見たことないという感じで 良い解決策見つからず 契約終了後、10日間までは猶予が与えられるという話だったので 修理業者が仕事を早く済ませてくれることを信じて 修理に出し、トヨタのディーラーで書類にサイン(返却時のマイルなどは空欄とした) あとは修理業者から、直接トヨタのディーラーに受け渡すようお願い もし間に合わなければ、1か月だけリース期間を延ばすことになりそうだ (1か月分余分にお金がかかる) そして引っ越しの前日、無事にU-PACKトレーラーが届けられ 当日は、意外にもちゃんと業者の人が来て仕事をしてくれた しかし、そのあとも大変だった お友達の奥様方に大量のごみ出しを手伝ってもらい 部屋を掃除する暇もなくボロボロになりながら 夕方5時直前にカギを返却 返却時、カーペットウォッシュした?と聞かれ は? そういうことは事前に確認せろよ… と、後味悪く空港近くのホテルまで運転(車は2台リースしている) ホテルで車から子供を下すと、後部座席にチョコレートが塗ったくられていて 激怒 あたり散らしながら、荷物を降ろして、自分はすぐにトヨタのディーラーへ 2台目の車を返却しに向かった。 ウーバーでホテルまで戻り翌朝シャトルバスで空港へ向かったが なぜかそこで自分のNorth Faceのジャケットを置き忘れてきたらしく 空港のお土産屋で、パッカーズの上着を購入 全然いいことなく長い旅が始まった(つづく)

ダニエルとの別れは突然に

ヘルメットの調整をしてくれているダニエル(仮名だが性別は女性)がいつも丁寧に対応してくれるので 30代のおじさん(自分)と生後6か月の若造(息子) なんかは 簡単にコロッと騙されるわけである いつも二人で毎週ニコニコ受診して、ほっこりして帰ってくるのを楽しんでいた ダニエルとの最後の受診予定を2日後に控えたその日は、頭部顔面外科(形成外科)の再診日だった 簡単に頭を計測して20㎜の差が15㎜に減ったよ、と言われた 10日間でそんなすぐ変わるわけないので、理学療法のおかげも大きいかな そして、左耳の後ろにできた、ヘルメットがあたってできたであろう赤いスポットも一応指摘して 明後日ヘルメット見てもらうからその時調節してもらうよ、と伝えたが 「この後、直接クリニックにいって調節してもらったら?」 と言われ、とりあえず 心の恋人 ダニエルに会えるならいっか とめんどくさがる自分に言い聞かせ、同じ建物内にあるヘルメットのクリニックへ息子をつれていった。 ダニエルは快く診察してくれ、左耳のところをすこし削ってもらった。 さすがに、2日後にまたここに来るのは、他にも引っ越し関係でやることが多く、めんどくさかったので 「これで赤みが消えるようなら来なくていいよね?」 と自分から 別れを切り出し 確認した。 「そうね、今日が最後になるかもしれないね、it has been my pleasure」と少し寂しそうな笑顔でお別れの言葉をかけてくれた(と勝手に思っている) 以上はすべて、筆者の妄想に基づくフィクションである

次のステップへのカウントダウン、壁は引越し(U-PackかU-Haulか)アパート暮らしは要注意

これまで、ビザ、家探し、学校探し、とやってガス欠ながら準備を進めてきたが ここにきて一番つらいのが引っ越しの手配と準備 まず大学と提携して割引してくれるユナイテッド・バンに見積もりをしてもらったが、割り引いた後の値段も結構高く断った(アパートの2-3BRサイズでパッキングまで入れると5千ドル越え、パッキングなしでも4千ドル越え)。 この時はU-HAULかU-PACKで決まりでしょう、とたかをくくっていた。 U-PACKを調べてみたが、思ったよりは高額で トレーラーの場合で3600ドル程度 ボックスを3つ借りる場合でも3000ドル程度 さらに、引っ越し先までトレーラーやボックスが運ばれたあとは、2日間は無料でキープしてくれるが、それ以降はボックス1個もしくはトレーラーにつき、一日50ドル加算されていくという仕組みだった ビザの変更のため一時帰国で2週間後にしか受け取れないので、下手をしたら5日から1週間くらい延長する必要がでてくるため、それも含めると、トレーラーでもボックスでも4000ドル近く行ってしまう可能性を秘めていた。 それで、ニューヨークからウィスコンシン間でも使ったおなじみのU-HAULを調べることに。 前回は結構大変な思いをしたので避けたかったが、やはり安さには代えられない。 U-HAULの場合、トレーラーはなく、U-ボックスのみ。トラックを借りる場合は自分で運転する必要がでてくるので、一時帰国を来週に控えており、今回それは選択肢になかった。 U-ボックスは30日間自由に使ってよい、つまり30日間以内に受け取れれば追加料金はかからない(と解釈している)。 ボックス3つで、2500ドル程度で済みそうだった(LoadingとUnloadingの労働力もU-PACKに比べ安い会社から選べる) 早速予約をとり、大家にメールで、Uボックス3つ使う予定だけどいいかな?と聞いたところ 電話上で、問題ないといわれた そのあと、労働力を提供してくれる会社と連絡をとり、何時ころにするかなどを相談 そして週があけて、大家からメールで「トレーラーとかボックスはリース契約書にダメって書いてあるよね」と突然却下された。 ここまでの過程も結構時間と労力をくっていたので、結構がっくり 先週確認取ったうえでのこの仕打

シカゴでまさかのㇶ〇キンの罠にしっかりはまってきた件

ASCOという、腫瘍内科の大きな学会がシカゴで開催されたときのことである 日本の研修医時代の友人が参加するということで、シカゴへ晩御飯を食べにいくことに 自分は数年前のレジデンシーの面接旅行の時にシカゴ観光していたが 家族はシカゴへくることはあっても、一度も観光したことなかったので 引っ越す前にやっておこうと、1泊2日で連れていくことにした 出発の前夜、ユーチューブで暇つぶししていると めったに見ないヒカキ〇の動画が引っかかっていた いつもならまずスルーだが、この時ばかりは違った  タイトルに、ユニクロと村上隆のコラボ商品がどうのこうの書いてあったのだ アメリカのメーカーは滅多にサイズやサイズ感が合わないので ユニクロには大変お世話になっているので、とりあえず見てみることに。 そのユーチューバー曰く、 東京ではコラボ商品の目玉であるどらえもんのぬいぐるみは当日即完売し 夕方、横浜まで急いで買いに行ってゲットしたというのである 「別にドラえもんいらんしな」 と思ったが、「シカゴのユニクロにもあったりするのかなー?」と妻と話していた。 結局シカゴのユニクロに翌々日の午前中にいったが 動画で見たまんまのどらえもんのぬいぐるみがレジに普通においてあるではないか 東京では即日完売、の言葉が脳内を満たし 異様なまでの買いたい衝動に駆られ 買ってしまった。。。 大学院で社会心理学をかじってからというもの 「これは人間の心理だから、仕方ない」 と自分の心に素直になりすぎているようだ という、どうでもいい話

ヘルメット治療 第1週

ヘルメットの保険申請をして2週間後 再度クリニックに赴いて超音波をつかった正確な頭の形の計測 ポータブルのちゃちくみえる機械を手にとり 頭の周りを何度かスキャン パソコンにすぐに頭の3Dグラフィックが出てきてびっくり しかもかなり正確な計測らしい ハイテクすぎてついていけない、と思いつつ その日は計測だけですぐに終了 FDA認可されたところがヘルメットを作成し 1週間後に再受診して受け取り その際、長すぎる部分を切っていいフィット感で装着できているか確認するのに 1時間近くかかった (担当のお姉さんがいつも親切で、たいそう懇意にしているのだが 受け取りの日は妻が浮気調査もかねて一緒にきて バチバチ火花を散らしながら自己紹介しあっていたように見えた) 最初の1週間はお試し期間で 1日目は1時間装着、1時間おやすみのくりかえし 昼寝中や夜の就寝中は装着せずに様子見 ヘルメットは基本頭の出っ張っている部分(歪んでいない部分)だけでささえる形になるので そこにすぐにひかないような強い赤みや異常がおきないかまず確認するのだ 2日目は2時間装着、1時間休み 3日目は4時間装着、 1時間休み、お昼寝中はつけてよい といった具合に時間を伸ばしていき、7日目に、いよいよ就寝中もつけ始め できれば一日23時間(お風呂以外) 本人が不快で難しいときや、お肌のトラブルがでてもすくなくとも18時間はつけるように言われた 本人はヘルメットをつけても意外にケロッとしているというか 注目を浴びるのがうれしいのか、むしろ機嫌よくしている 頭の大部分が覆われて、かなり熱いのでいつもより薄着にしないといけないといわれていたが 1時間つけているだけでも頭は汗びっしょり 普段こんなに汗をかかせることがめったにないので たしかに脱水になったり熱がこもったりは心配 ヘルメットもすぐに汗臭くなるので、アルコール除菌消臭も毎日必要そうである あとはあと2回ほど毎週受診してヘルメットの微調整 そこでGOサインがでれば、やっとヘルメットのデコレーションができる

最後のフェローシップメンターミーティング

年4回のフェローのメンターミーティングがあった 自分はこれが最後のメンターミーティングになるだろう ここ半年は、参加者は少なく、基本フェロー2人、ディレクター、自分のリサーチメンター3人、一年目フェローのメンターが一人がくれば多い方だった  よって、スライドもアップデートのみに絞って短く作るようになっていた しかし、この最後の会にかぎって、いつもと違うことが起こる 総合内科長、前課長、顔なじみのPCORI(大学付属のリサーチセンター)の人たちがぞろぞろと入ってくるではないか(オーマイガー!) 一年目フェローはしっかりとすべてのプロジェクトについて 中身と課題とプランが分かるようにスライドを作っており 「おぬし、今までそんな準備したことなかったのに、はかったな(汗)」 とドキドキさせられた これは、次からくるフェロー達をしっかりとリサーチャーに育てるために フェローのリサーチのメンターシップを強化しようという 総合内科長と課長(ディレクタ)の意思表示が全面にでていた じゃぁ俺という存在はなんだったんだ? と聞いてみたくもあるが 自分はディレクターの思いを現実にしたカリキュラムを理念に同調して 今の総合内科長が就任する前にここにきたわけだから 方針が変わることはいたし方ない ディレクター(現課長)もすっかり、総合内科長に身も心も捧げて 考え方が単純なリサーチャー育成の方向に変わってきているので 自分や一年めのジョー君のように、自由かつ自分にあったアカデミック・ホスピタリストを模索し、幅広い学びを求めてきた人たちにはちょっと彼らの視線が辛い リサーチ重視の人たちを育てるなら、そもそもホスピタリストフェローシップを独立させて必要がない 昔からプライマリケアフェローシップや総合内科フェローシップがその役目を果たしているのだから それなら、一層、うちのVAに既存のプライマリケアリサーチフェローシップがあるから、その中にホスピタリストトラックを作るほうがお互いの交流がうまれて よいはずだし 近い将来、ホスピタリストが専門科として認められた場合、フェローシップが今度は義務になってくる可能性があるが その時も見据えたカリキュラムとして伸ばしていくほうが、後々に先駆的かつモデルプログラム

ついにフェロー生活も終盤。カウントダウン始まる

困難ばかりのフェローシップだったが 第一号のフェローとして、実験体として、犠牲になること自体は暗黙の了解で飛び込んだので別に後悔はしていないし また3年前の就活時に戻ったとしても間違いなくここにくるだろう と思えるほど、学んだことは多く 特に大学院とQIのコースは収穫が大きく 他のフェローシッププログラムでは、今取ろうとしている学位のコースへは行けていなかった可能性が高いうえ(通常、リサーチ重視のMPHやMSが多く、教育関連のMEdやMHPEはサポートしていない) 高額なQIのコースを毎年ただで行かせてくれるのも、格別な扱いだろう そして残りの必要シフト数も、ついにあと5回。 2日日勤して3日夜勤したらおしまい。 働く姿勢も随分変わった。 最初の一年は、ありえないレベルのコール(ページ)をしてくる看護師にはチクチク嫌味をいうように、なぜその質問をしてくるのか問いただしたことも多々あったが そんなやり方でも、多くの同僚はコールを無視したり、診察を拒否するレベルだったりするので、(相対的に)看護師から高く評価されていたので自分にも同僚にもがっかりしていた 2年目も後半になり、リーダーシップのことやら学んだあたりで、日々の仕事の中には学んだことを生かすチャンスがゴロゴロあることに気づき 多職種が提供するケアのギャップを自分がさらりと埋める、橋渡しをする(それがみんなが嫌がる鬱陶しい仕事なのだが)ことに快感を覚えるようになれた 自分としては学んだことを実践しているだけ これを続けていけばよいリーダーシップ力を育めそうだ 今ではすっかり嫌味も言わなくなり、最近では夜勤で一緒に働いていた病棟リーダーの看護師達(といっても2人か)からディレクターに自分の仕事のパフォーマンスを褒めちぎる報告がなされ きっと、7月以降自分がいなくなったと気づいたとき、一緒に働いて頼ってくれてた人たちは惜しんでくれるだろう つい最近になって、「日勤のホスピタリストを6人、ナースプラクティショナーを2人と大量に募集しているから、みんな知り合いに声かけてくれ」と指令がでるくらい、人集めに奔走しはじめた今の課 もちろん、課が大きくなっている過程だから人員を増やせるのだろうが、 こういった変化が起き始めたのが遅すぎて、自分の就活のタイ

片道480マイルを運転して家を探す旅

ウィスコンシン州からケンタッキー州まで片道約480マイルを運転して 3泊4日で家と娘の学校を下見にいった。 家は4か所、学校は5か所見れたが 家は2か所ぎりぎりでキャンセルされたのがあったので残念 うちはめったに旅行に行かないので こんな体力を削るだけの旅でも、妻には「家族旅行だ」 と主張し 子供二人ももちろん連れて行った グーグルマップでは、7時間20分と推定時間がでるが、これが信用できない 高速を法定速度内(100㎞/Hとか)で走っていたりすると、徐々に到着予定時刻が伸びていくのだ そして小さな子供を載せていると、2-3時間ごとに休んでトイレに行かせたり、授乳したり、泣き止まないとまた止まって外に出してあげたり 結局片道10時間かかった。 3BRか4BRで庭付き一戸建てのリースをZillowで数か月にわたりモニターしていたが、いい物件はすぐにとられてしまうようで、見れた中で一番よいと思えた物件にするしかなかったが、契約した家の家賃は相場より200ドルくらい高かった。 オーナー夫婦が、RealtorとしてマネジメントとさらにRemodelもしているらしく、さながら HDTVにでてくる人達のケンタッキー版だなぁ とHDTVファンの心をくすぐるオーナーだったので、その場で即決した。 明らかに家賃が高いのはまぁ目をつぶって、期待を裏切らない家とオーナーであることを祈ろう また今のテナントが超人懐こい犬を飼っていて、庭でお留守番していたが、 そっこうで娘は庭で犬と走り回って楽しんでいて感激 猫派の自分もさすがに犬が飼いたくなった しかし、妻に却下された —————————— 学校はモンテッソーリ3校と、言語療法士が常駐しているところ2校みてきたが 言語療法士などのセラピストがいるところは、個人個人の発達に応じてセラピープランを作り進めていってくれるので、娘でも誰でもついていけそうでよいと思う反面 自立を促すチャンスを逃してしまいそうな気もするので モンテッソーリの学校に申し込むことになりそうだ 同じ町に何校もモンテの学校があったが 思ったよりもそれぞれ違いがあり 一番大きいところは、校舎とプレイグラウンドが幼児、プライマリ、エレメンタリークラスと別れており、上下の交流はあ

出た!私関係ない病

アメリカ、特にニューヨークの病院内外かかわらず よく見た、聞いた、経験したこと 「私には関係ない」病 病院でも役割・縄張りがきっちり決まっており というか 個々人が勝手に思いこんでいる場合も含めて 役割がきっちり決まっており 自分の仕事の範疇じゃないとみるやいなや 「ほかの人に聞いて」 「関係ない」 「自分がやる必要はない」 多職種が一人の患者に関わる場合 この対応だと とケアがちぐはぐになり患者が不利益を被るのは当然の結末だが それが現実な場合もあったような なかったような たとえ自分があるタスクをこなす能力があるとわかっていても 周りが自分の役職(レジデント)以上のことだと思えば 当然断固阻止されていた そのような環境で働いていると 自分自身、周りがやっている仕事の範囲以上のことは やらないようになったし 実際、退院してすぐの患者が当日に 病棟に新しい処方箋やら要求してきたときに 「一度退院するともう僕ができることは限られているので、プライマリケアに電話してください」 ほかの人がやっているのを模倣したことがあったような なかったような これも周りがそうやっているからと 自分も勝手にルールだと思って作り上げた妄想だっただろう 自分としては根底にあるのは 許された範囲以上のことをやるのは責任が負えないから という意味合いだったが しかし、この考えやアプローチは 相手や第3者から見ると 「その人がどうなっても(責任とれないから)関係ない」 としか映らないのだ 最近久々に病棟で働いたが 私関係ない病にかかった人に出会って 「あー、出た!それそれ!懐かしい」 と思ってしまったので記録 病棟の患者に輸血がオーダーされていたが 血液製剤が届いたときは透析に行った直後だった 透析で体内の水を抜くので せっかくなら4時間かかる透析中に輸血するのが 血液製剤からの余分な水分を血管に入れずに済むし 4時間の透析後に3-4時間の輸血を病棟でやるのも ケアのプロセスを遅らせることになる それに気づいていた病棟の看護師は 良かれと思って透析室に連絡し 担当していたチームの医学生から輸血の同意書をもらうも 医学生が渡したのは実は「透析カテーテル留置の手技の同意書」

アメリカの地方の病院でよく聞くリロケーション費用の病院負担

今の大学病院も、就職者には2千ドルくらいの引っ越し関連の費用を請求できた と記憶しているが(やってないけど) 次の大学病院も同様に地方の大学病院になるので 引っ越し関連の費用も結構負担してくれる 自分がNYでレジデントだった時に 一つ上の先輩が地元のセントルイスの一般病院で就職するといって 家を購入したり、車を買ったりするが 2万5千ドル(日本円で300万近く?)は病院が負担してくれる と言っていたのに驚いたのを覚えている 今の大学では、契約書に書いてあることが (特にお金に関すること) 事務によって「これは該当しない」とか理由をつけて 守られなかったことが多々あり 同僚も同じような被害を聞いていたので 次の就職先の事務に具体的な条件を聞いたところ 最大1.25万ドルを最初の給料に上乗せするから どう使うかは自由に決めてよい レシートとかもいらない ただし、税金対象の給料に加算されるから 税金がひかれた分しか手元に来ないからね とのことだった ネットで、月々の給料から手取りを計算してみると 1/3は持っていかれるようだった (State Taxまで計算に含まれていなかったらもっとひかれる) それでも日本一時帰国費用くらいはカバーできそう  しかし場合によっては 旅費だけでほぼ全て使い切り 新しい車のリース 車の保険の更新 家の保険の更新 引っ越し業者代 新しい家の2か月分の家賃 今のアパートの退去にかかる費用 は自腹になる可能性あり  最初の給料が入る8月になるまでは 自分の財政状況を正確に把握できない といってもプラスである可能性はないが どれだけマイナスなのか 全く分からない 我慢の日々が続くようだ

6月の航空券がやたら高くて憔悴

金曜にビザの許可証のスキャンをメールしてくれたので さっそくその日のうちに ビザの面接予約まで入れて 旅程を確定させ 航空券を購入しようとした。 まず面接予約は、Jビザの時と全く同じで アメリカ政府のサイトで DS160をオンラインで完成させ 面接予約用のサイトで まず、面接を受ける大使館を選択し (とりあえず東京にした) お金を払って そこでやっと面接予約日の画面に その時点で飛行機のチケットを検索してみたが 6月はアメリカは夏休みシーズンになっており 航空券の値段がバカ高い 日米の航空会社をいろいろ条件や乗り継ぎ場所を変えて検索するも エコノミーで大体大人一人2000-2400ドル 子供も1500ドルから大人と同じ値段というところだった ポイントをためているアメリカン航空では 3人分で 7000ドル以上 赤ちゃんの分を入れると7500ドル バシネット席をとるには8000ドル 日本航空運航便を選択すると結局8000ドル しかも席がもう空いていない という状況だと気づいた。 勤務開始10日以内にならないと入国できない決まりがあるので 6月下旬に面接を受ける以外の選択肢もなく 今回日本に帰らないと次の機会はまた1年以上あとになるので 日本以外の選択もなかったが これからさらに引っ越し費用がかかることを考えると さすがに焦り 一日中検索するも答えはでず   すでに面接の費用を払ったので 後戻りもできず とりあえずアメリカンで予約して 翌日朝に航空会社に電話して 赤ちゃんを追加しようとした すると、「この席は赤ちゃんはだめ。バシネットは完全に運。アメリカンの便も当日行かないとわからない。日本航空運航便は日本航空に問い合わせて1-2日以内に返事があるまでわからない。」 とかなんとか言われ、バシネットが取り付けられる座席はどの航空会社もすでに埋まってきていたのをさんざん調べていたので 「日本航空の便の答えを聞くころにはFree cancelの24時間を過ぎてしまいますね。まずキャンセルして他を探してからまた検討します」 と本当にキャンセルしてまた一から探しなおし 結局カナダエアが日米の航空会社よりは 合計で100

パルスオキシメーターを購入

娘が体調を崩して 最初の2-3日はまだ日中元気にしていたが みるみる調子が落ち 医療者視点で見ても だいぶ具合がよくないレベルになってきた ただクリニックに連れて行って 「風邪だから様子みて」 と言われることがだるすぎるので  処方箋が必要だとか 抗生剤が必要だとか 検査が必要だとか 紹介状が必要だとか 明確な理由ができるまでは受診を控えている  その日は咳も悪化し 肺も分泌物の音がよりでてきて いよいよぐったりしてきたので 連れて行った 結構肺の音は聞き取りづらかったが 小児科医もなんどもその個所を聴診して 「ここだけ音きこえますね」 と抗生剤を飲むことになった とまぁここまでは想定通り しかし、最後の最後 「帰る前に酸素飽和度だけ測っておきましょう」 と指にパルスオキシメーターをつけると 91 90 86 「???」 と異様に低い 脈拍が80程度しか拾えていなかったので 間違いなのは確かだったが その後なんともトライして やっと脈拍が150と拾えるように しかし酸素飽和度は93%以上には上がらず 「そんなに悪かったの?」 と軽くみていたことに反省。 90%近くなってくると持続酸素投与のため入院を勧められただろうから ふーと胸をなでおろした 咳がひどく、肺の音は派手ではないので マイコプラズマ肺炎もありかと思ったが 普通の細菌性肺炎としてアモキシシリンを処方された 2日後くらいによくなり始めたが 最も多いウイルス性の肺炎でもよくなり始めるタイミングだっただろう 入院にならなくて一安心 せっかくなので自宅にパルスオキシメーター置いておくことにしたが アマゾンで20ドルもしなかった こんなにやすかったのね・・・

赤ちゃんの頭の形は治せるのか(3)

頭部顔面外科受診した前回の続き ヘルメット治療しましょうと電話で言われて 早速渡されていたリストに書いてある ヘルメット治療を認可されているクリニックに 電話をかけていった 家からすごく近いクリニックから電話すると 「あなたの保険のネットワークに入っているかわからないから保険会社に連絡しろ」 と冷たくあしらわれたので 保険会社のヘルプデスクに ヘルメット治療できるクリニック はどこに受診できるか調べてくれ と聞いたところ、これが大間違い 「赤ん坊のヘルメットでDME(Durable Medical Equipment?)ですよね?それなら2か所のみカバーされます」  と質問返しと、まったくリストに載っていない医療用器具サプライ会社を言ってきた 「いやいやDMEのサプライ会社ではないでしょ?リストをもってるから、今からいうクリニックで検索してくれ」 というと、そこで電話の向こうの女性の頭はフリーズしたらしく 「医療サービスがカバーされるかどうかは、あくまで一般情報であり、書いてある通りにカバーされるかは保証がありませんーーー」 とまさかのマニュアル定型文を読みだしたので  お前はAIか、と思いながら 「ちょっと待って」と途中で遮って 「あなたまだ僕の質問に答えてません。わからないならせめてこことここのクリニックがネットワーク内かどうかだけでもーーー」 女性「最後まで言わせなさい」 とまさかの注意を受け、とりあえずマニュアルを全部読ませてあげた。 「で、もう少し良い返答はもらえますか?検索しました?」 と聞いたが、彼女の知識のキャパを超えたことを聞いているのは明らかであり (おそらく調べようともせず)「さきほどいった2か所のみがネットワーク内と記載されています」と言われた。 人の健康がかかっている仕事をしていて、調べようともせずいい加減に答えているのには (本人はそう思っていないのが残念だが) 結構かちんときていたので 「結構です。自分で調べてみます。どうもありがとう」と無意味な会話を切り上げ 脈ありそうなこども病院内にあるクリニックに電話 「えぇ、うちはあなたの保険つけつけているはずですよ」 と早速いい返事が来たが 「一番早い予約は1か月ごの5

Oビザ許可があっさりおりた件

前回は、OビザのExtraordinaryAbilitiyを持つことを支持する書類4-500枚程度印刷して弁護士事務所に郵送したところまで書いた。 弁護士事務所に届いて10日後くらいに弁護士から 「Premium Processingで申請したから15日以内に結果がわかる」 とメールで伝えられていた。 15日ビジネスデイ(休日を除いたカウント)かと思いきや 普通にちょうど2週間目に、雇い主の大学から「USCISのサイト本日確認したら許可されてましたよ!」 とメールが来ていた。 (娘が肺炎になって看病していたので)2日後くらいに弁護士に いつ大使館でビザの面接予約ができるか聞いたところ 許可証みたいな書類をスキャンして送ってくれた。 これでもうアメリカ大使館でビザ面接の予約ができるらしい。  準備を始めるために弁護士と電話相談したのが1月下旬 書類の準備を始めたのが2月上旬  推薦状もろもろすべてそろえたのが3月末 (しかし推薦状が最も時間がかかると友人・先輩に聞いて、1月下旬の時点ですでにレター候補の人たち全員に連絡をとって許可をもらっていたので、通常もう少しかかるはず) ほかにも弁護士と雇い主側がそろえるべき書類もあるようで、これがどのように進められたのかは自分には一切不明 弁護士が自分の4-500枚の書類を確認し、GOサインをだして、すべての書類をまとめて申請したのが4月中旬 なので、自分の準備で2か月弱、すべての工程で大体3か月ちょいかかったことになる 大使館の面接の方法をすっかり忘れてしまったので、今になってOビザの経験談が書いてあるブログをみてみると 「お金がないから弁護士なしで準備しています」とか書いている人がいたが そんなリスキーなことはお勧めできない!  自分はすべての費用を雇い主が出してくれているので ラッキーだったとしか言えないが 初めから「弁護士費用は自分で払いますから」というスタンスを明確にして 就活をしていたように 弁護士は通した方がよさそう

マックブックエアーからマイクロソフトサーフェスプロへ乗り換え

6月までで大学に買ってもらったマックブックエアー13インチとはお別れ 一応自分のProfessional Developmentファンドを使ったのだが 「返却」しなければならないらしい 次の大学に買ってもらうのを待つにも ラップトップがないと 仕事が滞るので 自分で買うことにした デスクトップは昨年ウィンドウズに移行したので 今回ウィンドウズ系のラップトップも探したところ マイクロソフト社のサーフェスプロの評価が高そう ソルトレークのコースでも使っている人を見かけて 後ろからじろじろ観察していいなーと思っていた 最近YouTubeで見るメンタリストダイゴも使っているし 空港でもつかている人をしばしば見かける ということでサーフェスプロを購入したわけだが アイパッドプロがパソコンになったかのような使い心地で ペンの性能も言われているほど悪くない ペンが本体の横っちょにマグネットで張り付くのも素晴らしい 顔認証も便利だし 容量・メモリともにマックブックエアより上(のものを買った) 唯一、1000ドルするNVIVOという解析ソフトはMAC用とPC用と別れており 移行できないのが残念だが それ以外はサーフェスプロに軍配が上がりそうだ

人間関係の修復は難しい?

前課長のお別れ会が、お昼のカンファレンス時間を使ってあった 嫌われてた印象しかないけれど、半年以上話してもいないし 最後に挨拶だけしようと顔を出したら 完全無視 まるで空気か透明人間か、というくらいに視線が合わず 軽く話すだけでもいいので 前課長に話しかけている人の隣に立って その人がナイスタイミングで会話まで振ってくれた途端 前課長はすぐに会話からフェードアウト 存在感が消えて無くなりそうなのかも知れないと思ったが 他の知り合い達とは一応話せたので 消えているわけではないようだった 初めてのフェローとして色々と酷い扱いを受けて 小さないざこざは多々あったが 前は挨拶はちゃんとしてくれる程度の間柄だった 別に絶縁するようなイベントはなかっただけに 残念なお別れになった 自分が逆の立場になった時にどう振る舞うか こういう経験を覚えておきたいものだ (悪いことは速攻忘れてしまうので)

赤ちゃんの頭の形は治せるのか(2)

前回の続き 専門科である頭部顔面外科を紹介してもらったので、早速受診した。 同じフロアに脳神経外科があり そっちの受付にまず行ったところ間違っており 皮膚科形成外科の中にある頭部顔面外科へ案内された 頭部顔面外科が形成外科? 脳神経外科でもピンとこないが、まぁ診てくれるなら何でも良いか 診察して、頭の周囲を測って 「12(mm?)以上は重症に分類されますが、お子さんは重症になりますので、ヘルメット治療適応にはなりますね」 とあっさり重症の診断。 当の本人はケロっとしているのだが 生まれて結構早く頭は歪んでたと思う、と答えたところ 生まれてすぐからの場合は、後ろの骨と骨の縫合部(スーチャー)が癒合している場合があるので、それだとヘルメットでは効果はあまり期待できないらしい それで帰りに頭のレントゲンを撮ったが あとで電話でちゃんと隙間が空いてるからヘルメットしましょう と報告があった ヘルメットを作ったり調節する場所はまた違うところになるので 後は保険がカバーされるかどうか 子供が果たして一日23時間のヘルメット治療に耐えられるかどうか がヤマだ。

ソルトレークのQIコース修了!

1月から毎月3泊4日の日程で4ヶ月間ソルトレークシティに通っていたが今日ついにコースを修了した。 第4回目となる今回のセッションは、1日目午前にブレント・ジェームズ先生の4時間に渡るQIリーダーシップのレクチャー。 第2・3セッションでは彼は参加しておらず、拷問のように長いレクチャーはなかったので、久々に聞くと集中力が続かない。 全体のセッションを通してQIにおけるリーダーシップのあり方について刷り込まれ続けてきたので、新しい情報もこれまで学んできた骨組みに肉付けするような内容だった。 こういう話ができると、QI、Lean、Six sigma、Demingに関心がなかった人や触れる機会がなかった人に、上手く教えられるのだが。 彼はこういう話を何十年も続けてきているだろうから、もはや話のうまさの次元が違う。 1日目午後から、最終2日目の午前までは、ひたすら参加者のプロジェクトのプレゼン会。 一人15分、質疑応答5分で、ひたすらプレゼンを聞き続ける。15分では細かく何をやったかを説明するのは困難なので、全くの専門外だと全然学びとることがなかったりもしたのは辛い。 1日目の夕方からは卒業ディナーとしておしゃれなレストランが予約されており、たまたま一席だけ空いていたテーブルに座ったところ、隣の人がピッツバーグ大学のホスピタリストで、さらにアメリカで数えた場合の卒後年数が同じだったので、意気投合。 翌日自分のプレゼンが控えているのにもかかわらず、ついついディナーでハッスルしすぎた。ホテルに戻ってからはもちろん疲れて寝たのだが、2時には目が覚めて活動。4時間くらいしか寝ていない状態で、必死でプレゼンの喋る内容を考え練習したが、完璧に流れを覚えるには時間が足りず。 疲れた状態でその日のプレゼンに臨んだ。プレゼンするのは好きなのでソルトレークに来る前は、ワクワクだったが、喋りの準備が間に合わないと分かった当日の朝は、異様なプレッシャーしかなかった。 胃潰瘍にでもなったかのような心窩部痛を抑えながら、たった15分のプレゼンに望んだが、結果はボロボロ。 いつもならテンションが上がって、本番のパフォーマンスも落ちないところを、疲れて、物凄いストレスを感じながらの喋りだったので、しょっちゅう、準備していたフレーズでないことを言ったり、文法を間

シカゴ日本総領事館での子供のパスポート受け取り

息子の日本パスポートを郵送で仮申請しておいたので あらかじめ指定しておいた受取日に シカゴの領事館まで取りに行った というのも、パスポートの受け取りは赤ちゃんも含め 本人でなければいけないという決まりらしく パスポートを郵送で発行はできても 郵送してはくれないのだ 赤ちゃんの場合、両親ともに出向かなければいけない と電話で言われたと思ったが 当日領事館に行くと 窓口でパスポートの情報に誤りがないかだけ確認 現金でパスポート料金54ドルを払い (書類には55ドルと書いてあった。毎年変動するのだろうか) 本人の顔を見せただけで 両親の身分証は確認されず パスポートを受け取れた シカゴまで出向くのは大変だと 思っていたが この3ヶ月で複数回オヘア空港を往復したのもあって シカゴの街中まで来るのも 混んでいて事故しないかは心配したが 運転自体は大した負担ではなかった また今週もソルトレークに行くために オヘア空港を往復 次の家を見に行く時も、引っ越す時も、一時帰国の時も オヘアを使う可能性があるので 1月から6月までで10往復近くするのではないだろうか いい加減I-PASS導入すべきなのか

赤ちゃんの頭の形は治せるのか

二人目の子供の頭の形がいびつだが ほっときゃ自然に丸っぽくなるだろうと思っていた 妻に早く治療しないと このままになると脅されたので 小児科での健診時に 担当の小児科医に相談して 理学療法士を紹介してもらった 今回2回目のセッションだったが 理学療法士が真面目に 赤ん坊の首をストレッチしたり 鍛えようとしているのを見て なんとも言えない気持ちになった 急性の病気でない子供相手に 仕事をしているのがいいなぁとか こんなストレッチやって 本当に効果あるのかとか 理学療法士曰く 6ヶ月以降はヘルメット治療効果が薄れる ということで 今度は6ヶ月になる前に頭部顔面の専門家に 相談しようということになった さて何と言われることだろう

今年のタックスリターンは残念な結果になった

タックスリターンに必要なW-2が郵送されてすぐに 毎年お願いしているアカウンタントに 2月上旬にタックスリターンの書類の作成と提出をお願いした ただ今回はとにかくメールでのやり取りが遅い メールしても無視は当たり前 連絡がこなくてもとりあえずプッシュしないようになったので 「あとは先生のレビュー待ちです」 と連絡が来たのは3月下旬 今年の締切が4月17日なので まあどうでもいいと思っていたが 4月13日になってもそれから全く連絡がない 仕方なくメールしてみるもやはり無視なので 直接電話 「確認して折り返し電話します」 とだけ言われるものだから いつまでに連絡をくれますか?ある程度目安をもらわないと期限が近いだけに困りますと と少しプッシュしてあげたところ 「今日か遅くても明日中には必ず」 と言われた。 いや、今日金曜だけと、土曜働いてないやろ? と今日中に電話こなかったら また同じことの繰り返しだね と思っていたが まさにその通りになった 月曜になっても連絡がこないものだから 朝から今日必ずそちらから連絡をよこすようメールして 午後になってこっちから電話(当然のごとく返信はなかったので) 「すみません、まだレビュー待ちです」 いやいや、3週間経ってレビューができないって どう考えても事務の人の不手際でしかないのだが 去年まではやり取りしたことのなかった人なので まだ仕事が遅くテンパっているのだろう (だから電話での口調もちょっとキレている感じで荒いのだろう) 最悪の場合はIRSやアカウンタントの協会に 苦情申し立てをして 業務改善に力を入れてくれてもらえば良い と考えて 事務の人には 当日中に申請を終わらせるよう 丁寧にお願いして電話を切った 夕方にようやく電話で報告があり メールで申請書のコピーを送ったので これで良いか確認して返信して欲しいとのことだ すぐに確認後、いくつか質問と子供のミドルネームが抜けていないか確認し 申

スピーチセラピー

娘はスピーチセラピーを ミッドウエストに来てから受けていたが 去年3歳になったタイミングで 州が運営するBirth to Threeというプログラムは卒業 それ以降は学区ごとにサービスが提供されるようになった それまでは自宅に来てもらって両親をコーチングするという趣旨だったが 学区が提供するサービスは、子供のプレスクールに出張するか 学区の指定のエレメンタリースクールにセッションを受けに行くか の2択だったので、子供のプレスクールに週2で出張してもらっている 子供の学校に行ってセッションをしてもらうと 自然と学校での様子も見てもらえるし 子供が何につまづいているのか 他にも必要なサービスも提案してもらえた (学校の先生とは評価する視点が違うのは興味深い) それによって 多職種で構成されるチームが結成され それぞれが子供を評価し 課題、必要なサービス、目標を立てて 最近ミーティングを開いて 自分に共有してくれた それにより 彼女が学校でどうしているのかが 明らかになってきた まるで大学院のレポートかというくらい ぎっしり観察したことや評価とプランが 書いてある紙が10ページ以上にわたり それを一年間の計画としてやっていくらしく 「もうすぐ引っ越すんだけど。。。」 と陳謝すると この書類を持って行ったら 大丈夫よー と教えてくれた

ビザ申請準備完了?

2月頭に次の職の契約書にサインし Oビザの申請準備に取り掛かった 経験者からどんなに急いでも2ヶ月かかると言われていたが 3月末にようやくすべての書類を弁護士に郵送したので 確かに2ヶ月かかった 契約書を待たずに大学の契約している弁護士とは 連絡を取り始めていたのだが 弁護士からの返事が1週間こなかったりすることも ざらにあり 弁護士にプッシュすれば 1ー2週間ほど早かっただろうという気はする ニューヨークでは言わないとすぐに忘れられるため 何でもフォローアップを小まめにやり Expectationを明確にすることを学んだが ミルウォーキーに来てから 細かいフォローアップやExpectationを明確にするのを 嫌われることが多く むしろ自分がスローダウンして相手に合わせるように シフトしたため 我慢強くはなったが ニューヨークの人と働くときは 時間を無駄にすることが多くなった 今回のOビザの手順を書き出すと ①まず弁護士と電話面談で、用意する書類についての説明。色々なサンプルもメールで送ってもらった。契約は口約束程度の段階だったので、とりあえず集められるものから集めておくように指示があった ②契約書にサインしてから、サンプル(自分の場合はホスピタリストの過去の例)の履歴書を参考に、自分のありとあらゆる過去の研究や仕事の詳細を書いた履歴書といくつかの研究の詳細をわかりやすく説明した文書を作成して弁護士にメールで送った。 履歴書はいつも2、3枚に収まるように、大したことのない仕事・業績・プレゼンなどは省くようにしていたが、20ページ以上が目安と言われていたので、レジデントの時にやった、Grand roundの発表や、病院レベルのリサーチ発表会でのポスター発表なども追加した。それでも18ページにしかならなかったが。 ③弁護士とそのアシスタントが履歴書と研究内容をもとに、推薦状の案を5枚書いてくれた。2枚はこれまで働いたことのある病院の人から、3枚は「External review」として当てられたもので、自分と直接働いたことのない、同じ分野の成功者から案をもとに推薦状を書いてもらって欲しいとのことだった。 この推薦状をもらうまでに時間がかかり、1ヶ月以上かかった。

IPEセミナー振り返り

カンザス大学医学校から IPE(インタープロフェッショナル・エデュケーション)を専門にやっている人が 2時間の出張セミナーをやってくれたので参加してきた 衝撃を受けるような内容ではなかったが いかに自分がIPEに触れずに生きてきたかが良くわかった 医学生、看護学生、薬学生、呼吸療法、ソーシャルワーカーの学生、栄養士の学生 医療現場で働くすべての専門職が関わり それぞれの専門職の学生が一緒のチームに入り 実際に患者を見たり、シミュレーションをしたり 自分で始めるなり、既存のプログラムを大きくしようとすると 相当なサポートがいるので 相当の労力と時間がかかりそうだ 参加者は皆、学生を育てることをメインに捉えており 色々な面で「IPEを実践するのが難しい」 という難題を抱えているようだった 自分は「これは実臨床も多職種が協調して働くように仕掛けないと成功はないな」 と患者や職場の環境が、IPEを受け入れる環境でなければいけない とほぼ直感的に思ったが 参加者の中で医学校の教育専門家には 「なぜ、実臨床でIPEへの理解が進まないのか?」 と仕切りにこぼしている人や Kotterの第1ステップ、Sense of Urgencyをどうするか 意見交換するときに 「重要性はみんなわかってるよね」 と言い切っている人も多く 職場の環境の理解、そこで働いている人の ビジョンや考えを理解し IPEを導入して協力的な医療を行うことが 彼らの仕事や満足度を改善することを 示さない限り IPEの重要性がシェアできないという 大事なところは 全く見えていないようだった 違う職種の人が何を考えているのか、全くわからないという現実 これはすべての人に当てはまるだろう IPEを実臨床に導入するには実臨床の改善も同時に行うべきだ、と思ったことは今回のセミナーの主旨とは異るので セミナーの最後に IPEをやってきて 実臨床が協力的な医療に変わってきたという ことはありますか? と聞いて見たが

QIコース第3セッション振り返り・3日目病院見学

インターマウンテンのQIコースは20年以上の歴史を誇るが 今回インターマウンテン史上初めて 実際にインターマウンテンの病院に足を運んで 学んだことが実際にどう行われているかを学ぶための ツアーが組まれたそうだ 病院だけでも20以上、クリニックを入れると相当な数を誇るインターマウンテンの関連病院で 実際にQIの文化が上手く根付いている病院2つと、よりインターマウンテンの傘下の保険会社1つがピックアップされ 自分は中長期的な将来に役立ちそうな市中病院(ベッド数100程度)を選んだ 大学病院の環境に近いこども病院も魅力的だったが 今の大学病院も頑張っている方だと思ったので 似たようなものを見ても仕方ないかと思い市中病院にした 驚いたのは、期待以上に学んだことを実践しており 各部署が同じツールを使いつつも それぞれ思うままにカスタマイズし 目標を設定して カイゼンに取り組んでいた これぞ、ブレント先生の言っていたザ・マス・カスタマイズ 現場のアイデアがふんだんに取り入れられていた 基本一枚のホワイトボードにやっていること、目標などが リアルタイムに一目瞭然に掲示されているので 働いている人だけでなく訪れた人もすぐに理解できる 面白いのは、ハイテク化しているこのご時世でも 個人レベルや現場レベルでカイゼン文化形成に役に立つのは ローテク(ホワイトボードや紙切れ)であるということ ローテクの問題点は、もし日々の改善活動をデータ化して記録しておきたい場合 誰かがコンピュータに手入力しなければいけないことくらい こども病院がどうだったか比べられないが これまで3セッションまで学んできたことを 実際に見れ、組織のトップリーダーであるCEOから現場のマネージャーまで 色々な人からの話や素晴らしい取り組みを教えてもらえて コースの締めの学びとしては最高に良いと感じた 来月の第4セッションはプロジェクトの発表のみなので 学習は今回でおしまい 去年同時期にとっていた、前課長のQIコースは 大学院で忙しい中、本当に時間の無駄にすら思えていたが 今回のコースは、忙しくても参加すべき質だったので 本当にありがたかった 参加費だけで七千ドル、しかも年2回

QIコースのプレゼンがすごい

第3回の発表者に共通していたこと プレゼンがうますぎる スライドが美しい 大学院で学んだことがしっかり実践されている上に 自分の想像を超えて美しく仕上げている 文字も少ない 写真、グラフ、イラストを効果的に あとは、良く練ってきたのであろう ストーリー、筋のしっかりした話で しっかり補っていく ジョークやユーモアも交えており 毎回、発表者が話し始めて5分と立たないうちに 「この人、できるやっちゃなー!」 と感心しきりだった。 そもそもやっていることもぶっ飛んでいるので 久々に、自分がまだまだ未熟なことに 気付かされた 果たして15年後に 彼らと同じ舞台に立っているだろうか 相当な努力と良いメンターの両方が必要そうだ

QIコース・第3セッション振り返り(2日目後半)

チーム・ベースド・ケア( TBC )について。 TBC と言われてもピンと来なかったし、いまだにピンと来ないが(ネーミングのセンスが微妙)、メインの話は 2016 年の JAMA に掲載されたインターマウンテンがやった大仕事の一つである。 アメリカのどこでも似たような状況だと思われるが、基本メンタルヘルス(心療内科・精神科)外来とプライマリケア外来は、完全に別離している。共存など一切していない上に(つまり医療者側からみてもコミュニケーションが取りづらく使いづらい)、結構な数の保険会社のプランがメンタルヘルス自体をカバーしていなかったりするので、患者側からもアクセスが悪い。保険でカバーされなかったり、プライマリケアからの紹介が必要だったりで、結局心を病んだ人の多くはまずプライマリケアに行くわけだ。 しかし、内科を含めプライマリケア医というのは、症状の軽い、もしくは安定した鬱、不安くらいしか治療する程度のトレーニングしか受けない。典型的な治療で症状がコントロールできないと、メンタルヘルスクリニックや心理療法士を紹介することになるが、前述のように、プライマリケアとメンタルヘルス外来は完全に別離しているので、医療者も紹介した後どうなるかわかったもんじゃないし(保険が通るかどうか確実でないし、結構予約がすぐとれなかったりする)、患者側も自分でネットで調べたり、保険会社やクリニックに確認したりしなければいけないこともありうる。 そこで、インターマウンテンは、 TBC というモデルでもって MHI というプログラムを始めたのである。 MHI の MH はメンタルヘルスで、 I はインテグレーティッド?名前の通り、別離されていたメンタルヘルスをプライマリケア外来に組み込んだのである。 アイデアとしてはとてもシンプルだが、やるのは絶対に大変。 TBC ―チーム・ベースーを謳っているように、ただ精神科医や心理療法士がプライマリケアクリニックで働くというだけでなく、メンタルヘルスに詳しいケアマネを配置しケアコーディネーションを円滑にし、メンタルヘルスのスクリーニングをアップデートしナース助手を教育し、栄養士、はたまた周辺のコミュニティの医師も巻き込んでいる。 結果、再入院率は20−30%近く減り、コストも削減できたということで、 JAMA に掲載